3.キャリア志向:ローカル vs. コスモポリタン

次に、医師が経験するコンフリクトとしてキャリア志向が挙げられます。キャリア志向とは「キャリアの上で辿ろうとする方向、キャリアの上で重視する事柄」と定義されます。

元来、プロフェッショナルマネジメントの困難性の一因としてキャリア志向があります。ゴールドナーが提唱したように、プロフェッショナルマネジメントの際にはローカル(local)vs. コスモポリタン(cosmopolitan)の2つの視点があります。

ローカルとは所属組織に対して高いロイヤリティを持ち、専門的スキルに関して低いコミットメントしか示さない人を指します。準拠集団を所属組織に置いていますので、組織目標や組織の規範や価値を受容し、いわゆる価値の内面化を行っています。

これに対して、コスモポリタンとは、所属組織に対してあまりロイヤリティを示さずに、専門的な知識や技術に対して高いコミットメントを示す人々です。準拠集団を内部の自組織ではなく、外部の専門家集団に置いていますので、所属組織の目標や価値よりも、自らの職業に由来する価値や倫理観を優先するといった特徴を持っています。

社会心理学者の田尾雅夫氏は、病院勤務医師が勤務している病院にコミットするか、医局や学会、あるいは研究者仲間との親密な付き合いを重視するかといったものと重なると指摘しています。

所属内部での評価よりも専門家集団からの評価を重視します。従来はローカル志向とコスモポリタン志向は背反するため両立することはなく、二者択一的だと言われてきました[図6]。また両方の志向を持つプロフェッショナルは業績が低いことが指摘されました※1

[図6]キャリア志向(ローカルとコスモポリタン)
Gouldner, A. W. (1957) “Cosmopolitans and Locals: Toward an Analysis of Latent Social Roles Ⅰ ,”Administrative Science Quarterly, 2, pp. 281-306.Gouldner, A. W. (1957) “Cosmopolitans and Locals: Toward an Analysis of Latent Social Roles Ⅱ ,”Administrative Science Quarterly, 2, pp. 444-480.

しかし、このような結果は、純粋な研究者を対象に研究論文といった成果を業績指標としており、企業や産業界のプロフェッショナルでは両者の志向を持つことが業績にプラスの影響を与えることが分かってきています※2。近年、プロフェッショナルの仕事が高度化、複雑化しているために、単独で仕事は完結できず、自組織の目標と摺り合わせて関連部署と調整するなど、ローカルな志向を持っていることも重要になっているからです。

医療職のようなプロフェッショナルのマネジメントでは、ローカル志向とコスモポリタン志向の両方を活かすにはどうすればよいのかを考える必要があります[図表7]。

[図表7]ローカル志向 vs.コスモポリタン志向

医療現場の「ルーチンワーク」が創造性を駆逐する?

近年の医療現場はDPC(包括医療費支払い制度)、クリティカルパスなどのオペレーション効率を高めるための戦術ばかりが議論されています。限られた資源を有効に活かすためにその必要性は理解できますが、現場の医療者のモチベーションを大きく損なっています。

臨床現場の業務を日々こなすのが精一杯という方が多いと思います。しかし、「ルーチンワークは創造性を駆逐する」と考えています。

そもそも人間は、目の前に大量のルーチンワークを積まれると、その処理に追われ、創造的な仕事を後回しにしてしまう傾向があります。創造的な仕事とは、仕事のやり方自体を根本から変えるとか、長期的な展望を描いてみるとかいった作業のことです。

病院ではプレイングマネージャーが多く、マネジメントのプロではないプレイヤーが病院を管理しており、目先の問題をいかに効率的にクリアするかのみに集中し、中長期的な戦略を立案することができていないと言われます※3

1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモン(1916-2001)が「計画のグレシャムの法則」として提案した概念です。不確実性が高まり、例外処理のためにヒエラルキーがパンクし始めると、組織全体が意思決定のグレシャムの法則にはまりこんでしまいます。管理者・経営者たちが目先の例外処理に追われ、長期的なことや抜本的な改革を後回しにし始めるのです。

そしてオペレーションの効率化こそが病院経営の根本であると勘違いしていきます。単純な定型業務は創造的な業務を駆逐するリスクを背負っているとご理解頂きたいです。

Googleの20%ルールを知っているか?

ドラッカーによれば「いかにうまく行うか」ではなくて、「何が目的か、何を実現しようと思っているのか、なぜそれを行うのか」を常に問うことが重要だということです※4

Googleの20%ルールを皆様はご存じかと思います。Googleでは勤務時間の20%は労働者の自由にしていいというルールがあり、テニスをしている人、寝ている人、ジョギングする人などさまざまです。イノベーションを生むアイデアはそのような自由時間から生まれており、Googleマップ、Google翻訳、G-mailなどが好例です。

オペレーションの効率化ばかりを求めるのはではなく、病院業務にもこの20%ルールを取り込むことで、現場の職員がイノベーションを生む可能性があります。自組織の職員にイノベーションを生む人材が埋もれていることを認識すべきです。

角田圭雄

愛知医科大学/内科学講座肝胆膵内科学准教授