第二章 日本のジャンヌダルク

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 【橘寺】

橘寺は奈良県高市郡明日香村(たけちぐんあすかむら)にある天台宗の寺院だ。聖徳太子が建立(こんりゅう)した七カ寺の一つと言い伝えられている。創建年代を記録した文書はないが、七世紀前半に造られたと見られる瓦が出土していることから、聖徳太子在世当時の建立と考えられている。

「しかもですな」ガイド役の坂上が解説をはじめた。「この寺の言い伝えによると、聖徳太子さんはここで生まれたということになってます。ここをもうちょっといったとこに、そう書いてある石碑が建てられてますよ」

「へーえ、そうなんだ。聖徳太子は、ここで生まれたんですね」
まゆみがあまりにも単純に感心するので、沙也香はくすくす笑った。

「まゆみさん。それはあくまでも言い伝えで、ほんとうかどうかはわからないのよ。むしろそれは作られたウソの伝説だといっている学者のほうが多いわ。坂上さん、そうでしょ」

「そうですな。そのとおりです」

「ええっ、そんなにおおっぴらに宣伝してるのにウソだなんて──。観光で見学に来た人にもそう説明しているんでしょう? そんなウソをいってもいいんですか」

まゆみが口をとがらせたのを見て、坂上はおかしそうに笑った。

「別にウソはいってませんやんか。そういう言い伝えがあるっちゅうんは、ほんまのことですからな」

「そういわれればそうだけど……。でも、なんだか納得できないなあ」

「そのあたりが、むずかしいところなんでしょうね」沙也香が考えながらつぶやくようにいった。「それはウソだといいきってしまうと、ロマンを壊すとかなんとかいわれるでしょうし……。現実問題として、その伝説で観光客を引き寄せることができるわけですしね」