「そういうことですわ。特にこの明日香村は、ほかに産業もないもんで、観光資源を否定されてしまうと、村の財政が立ちいかんようになりますからなあ」

「古代史のロマンと現実とは、たてわけて考える必要があるのかもしれませんね」

沙也香が考えながらいうと、坂上は大きくうなずいた。

「学者の先生方は、ほとんどの人がそう考えているようですな。そやけどこの橘寺は、聖徳太子が関わってるんは間違いありませんから。『日本書紀』には、この寺で太子はんが『勝鬘経(しょうまんきょう)』の講義をなさったと書いてありますしな。高槻先生は、ここには言い伝え以上の事実があるかもしれない、というようなことをいうてはりましたで」

「そうですか。高槻教授がそんなことを……」

「そうです。この寺は、いまはこのくらいの大きさですが、昔はごっつう大きな寺やったそうですわ」

「ええ、そうですね。昨日調べたばかりですが、そんなことが書いてありました。こんどゆっくり調べてみようと思っています」

彼らは寺の境内をあちこち見て歩き、坂上にいろいろな質問をした。重要な建造物などをほぼ見終わると、坂上は沙也香にいった。

「じゃあ、ぼちぼち次に行きまひょか」

坂上のいう次とは、もちろん法隆寺のことだ。そこには橘寺とは比較にならないほど、見ておかなければならないものが数多くある。