「なるほど、我々は自前の販売店とリトレッド工場を持っていますから、その強みが生かせますね。ニホンタイヤの新品価格は他社より高いが、最終コストは必ず安くなるということを顧客にアピールすればいい訳ですね。しかし顧客によっては初期投資を抑えるために、あえて他社の安物新品を欲しがるケースもあると思います。その場合にニホンタイヤではどう対処されていますか?」

高倉は斉藤からメーカー側の論理を聞きたかった。

「ニホンタイヤを使うメリットを説明し、それでもなお他社を選ぶのは顧客の自由です。別ブランドを立ち上げて、高級品と廉価品の複数ブランドにすることもあります。マキシマ社はメーカーではありませんから、最初からマルチブランド政策でやればいいと思います。それが商社の強みでしょう」

そうか、これぞ我々商社が小売りに進出する目的だ。ブランドミックスによって顧客のタイヤコストが下がればいいし、我々はその顧客の商売を一〇〇%取れれば良い。

またその活動を通じてニホンタイヤのマーケット・シェアを上げて行ければ、我々七洋商事の価値をメーカーに対しても高めることになる、と高倉は膝をたたいた。

斉藤はさらなる提案をした。

「狙ったお客さんにはトライアル特別価格をオファーして、とにかく先ずニホンタイヤを使ってみて頂くことが必要でしょう。そしてそのデータをしっかり取って、いかに他社より優れているかを証明すれば他社から乗り換えて頂くケースもかなりあります」

高倉はこの販売活動がマキシマ社立て直しの目玉となるとの確信を持った。と同時に、それまで七洋商事がタイヤの商権を失い続けてきた歴史に終止符をうち、巻き返しを図るきっかけになり得るとの感触も得た。

七洋商事のみならず、日本の総合商社は日本のメーカーが海外進出を始めた一九六〇年代から一九八〇年代に大きな役割を果たしてきた。

製品の日本からの輸出手続き、港での船積み、輸出先港での荷役作業、輸入通関手続き、製品受け取り、顧客への搬送、顧客対応等々、メーカーになり替わって実施した。

その結果、製品の高品質も相まって、日本品の海外進出は飛躍的に増大し、戦後日本の発展に大いに貢献した。

しかしそれらの貿易実務はメーカー自身が実施するようになるにつれて商社の存在価値は薄まり、次々と商権を取り上げられた。

その結果、七洋商事を含むいくつかの総合商社は、物を右から左へ動かす仲介的な役割から、大きく方向転換をしていった。