引っ越しの荷物を全て運び出して、トラックを見送り、マンション三階の部屋へ戻った。ガランとした部屋を見わたし、私は急に淋しさを覚えた。まるで自分まで抜け殻になったみたいで、空虚さに胸がしめつけられた。

後ろに束ねていた髪のゴムをとき、指で髪をほぐした。私は力なく白い壁にもたれかかってズルズルと崩れ落ち、フローリングの床にペタリと座りこんだ。

しばらく茫然としていたが、西の窓から夕陽が差し込んでいるのを見て、私はやっと勇気づけられた。これで良かったんだ、これでいいんだ、明日から全部やり直すんだ……と自分に言い聞かせた。

一月の空気がひんやりと冷たく、寒さに襲われ、ダウンジャケットのチャックを首まで上げ、リモコンのスイッチを押し、エアコンの暖房をつけた。

私にとって思いもかけない運命の扉が開かれようとしている。敗者復活戦の始まりなのだ。平成ももう終わろうという去年八月に言われた突然の誘いだった。二〇一九年五月、新元号の始まりと共に、新会社が立ちあげられ、そこの社長秘書に迎えられる。

私は悩んだ末、その話を受けた。五十歳で身寄りのない私にはありがたい話だった。神戸日日新聞社を辞め、七年のブランクがある私を、管理職待遇で受け入れてくれるなんて、話がうますぎる気もしたが、ためらいはしなかった。今までだって、何とかなった。これからだってきっと何とかなる! ケ・セラ・セラだ。

慣れ親しんだ神戸をあとにし、明日の朝、新幹線で東京へ行く。渋谷のマンションは、福田が用意してくれた。何もかも、彼が段取りをしてくれ、住まいを見るのも明日が初めてだ。不安がないと言えば嘘になるが、行き詰まっていた私には、願ってもない好機だ。 何もかもを水に流し、生き直したい。

私はゆっくりと、化粧ポーチやら身の回りの細々した物を整理し始めた。今夜はここでなごりを惜しみ、最後の夜を過ごす。その為にウールのブランケットと、母からもらったもう四十年ずっと一緒にいる縫いぐるみの友達クマのプーさんは、トラックに乗せずに持っている。

私はこの薄汚れたプーさんがいないと眠れないからだ。母を責める気などない。ただ、十歳のあの時、突然別れを告げられ、ひとりぽっちになって傷ついた小さな女の子が、いつも私の心の奥で、不安そうに身をちぢめている。

プーさんを抱きしめて、私は自分の中の、その小さな女の子を抱きしめているのだ。私はそうやって、やっと自分を保って生きてきた。