1月28日(木)

丸山ワクチン、3度目の受領

今日は日本医科大学付属病院へ丸山ワクチンを貰いに行った。3度目である。

郵送依頼でなく受け取りに行くと、先生が現状を聞いて下さる。治療そのものへの論評はされないが、訊ねたことは教えて下さる。

例えば血液検査結果について、なぜ点滴を断念したのか、白血球の数値の意味について、教えて頂いた。ただ勿論、点滴の中止が、正しい判断なのかそうでないのか、論評はしない。私も聞かない。

今日は久しぶりに気温が上がった。歩くとコートは邪魔だった。

午後は2時に三田病院へ行った。鼠径ヘルニア・メッシュ貼り手術の麻酔について、麻酔科の先生の確認である。

甘利明経済再生担当相(TPP担当)が辞任した。週刊文春に書かれた金銭授受にまつわるスキャンダル故である。嵌められたように思うが、甘すぎると思う。おそらく告発者はネタを材料に甘利側をゆすっていたのだろうが、甘利が応じなかったのだと想像する。

国賓としてフィリピンを訪問された天皇皇后両陛下を迎えての、昨夜の晩餐会におけるアキノ大統領の言葉に、私は感動した。

先の大戦中に我が国が、多くの国に「迷惑をかけた」、ということに、文句を言う人がいる。

フィリピンでは日本人だけで50余万人が死んだという。その60%が餓死であったという。

飢えた数十万人の人間が、現地人に「迷惑を掛けなかった」とは、どのような想像力で言えるのか。椰子の実を食うなら、来年はまた実をつける。しかし日本の兵隊はその根まで食ったのだ。正に根こそぎである。山本七平氏の文章だったと思うが、捕虜として護送されたときの沿道のフィリピン人の、憎悪の目について語っていた。「米軍により守られた」と氏は書いていたように記憶する。

アキノ大統領のご発言に、私は感動し、感謝する。

そして、両陛下に感謝し、ご健康を祈る。

1月31日(日)

私の入院

10時入院の指示だったが、9時前には三田病院に着いてしまった。

昨夜は良子とあい子が病院まで送って行くと言った。私は、その必要はない、一人で行くと言って、良子も納得していた。いつもの通り私は5時に朝食をとり(ということは良子も私も4時には起きる)、良子は6時にとる。

良子は朝4時に起き、夜9時に寝る。食事は、6時、12時、18時と、寸分違わず摂取される。量も決まって おり、余分な物は食べない。このあたりの、決めたことを実行する意志は見事なもので、私には欠けている資質である。

朝食のあと、トイレに入る。

今朝も変わらなかった。

「出た出た、快調よ」と言いながら出てきた。

「毎日、必ずあるよ。丁度バナナ1本分やね」

晴れ晴れとした表情だ。時刻も量も、形状まで、一定している、と言うのである。

「やっぱり規則正しい生活が、大切なんやね」

そして、

「気持ちがいいから、病院まで送っていく」

と言う。

あい子は寝ているので、そのままにしておいた。昨日も新国立・オペラパレスの『魔笛』に付き合ってくれたのだ。

7時34分のバスに乗った。JRのB駅から田町で降り、病院までタクシーで行った。8時45分に着いてしまった。

部屋の広さは良子のいた「みなと赤十字」のそれと、ほぼ同等であろうか。内装はこっちにやや高級感があるが、洗面台などは「みなと赤十字」の方が大きい。実用的には「みなと赤十字」の方が良いように思う。そして値段は随分違う。横浜港湾と都心の差と言えるだろうし、市立と民間の差とも言えるであろう。

良子はてきぱきと下着類、洗面用具を所定の場所に整理し、10時過ぎには手を振って帰って行った。立場が逆になった。笑ってしまった。看護師さんが明日の手術の準備として、ヘソの垢を掃除してくれた。

「大きいのが取れましたよ」と見せる。ヘソのゴマである。

私は常時メジャーをポケットに入れている。このようなときは便利である。長径ほぼ10㎜ある。

※本記事は、2019年3月刊行の書籍『良子という女』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。