第3章 山心の発展期

【奥穂高岳】 吊り尾根を越えて ~1986年7月(49歳)~

7月22日 奥穂高岳の頂上往復​

朝、テレビで天気予報を見る。今日も1日悪そうだ。まだ梅雨は明けないのか。昨夜宿泊した人たちは、次々に出発して行った。

話の様子では下山が多いようだ。私は白井さんに同意を求めた。

「もう1泊しようよ、ここに」
「下山しましょうよ。明日だって天気は同じですよ」
「いや、もう1泊すれば、少しは良くなるかもしれないよ」
「退屈でしょうがないですよ」

9時になったが、まだ白井さんは下山したいらしい。

「僕、早く温泉に行きたいんですよ」
「温泉なんて、いつでも行けるじゃない。奥穂高には簡単には来られないよ」

二人の意見が分かれた。普段仲が良いだけに悲しいときだ。結局、若い白井さんが私に折れてくれた。

でも、このまま明日も悪天候が続いたら、予定している奥穂高の山頂から吊り尾根、前穂、岳沢、上高地というコースは、初心者の私には心配だ。来た道を下ることになりそうだ。となると目標の奥穂高の頂上を踏まずに帰ることになるかもしれない。

午後になっても風雨は一向に弱まらない。ここまで来て奥穂の頂上も踏まずに明日帰るとしたら心残りだ。今日1日が暇でしょうがなかったので、重い荷物は山荘に置いたまま、私たちは雨具を着て、カメラだけ持って、山頂をアタックしようということになった。

山荘の横から鉄梯子と鎖。70メートルは登る。上を行く白井さんのポンチョは風をはらんで帆のようだ。急登を終えると、斜面の緩い岩稜コースになった。

「あれかな、白さん!」
「まだですよ」

山頂らしきピークが次々に現れた。少し大きなピークがきた。

「あれだろう」

白さんの姿が濃霧にかすんでボーとしている。

「もっと先です」

白井さんは、学生時代にワンダーフォーゲル部で、今回とは反対のコースをやったことがあるというが、もう17年も前のことで記憶はおぼろだという。暴風のなかには誰もいない。

「見えました! あれが頂上です!」

ずっと憧れてきた3190メートルの奥穂高の頂上が、いま、私の目の前に現れた。8ミリフィルムカメラのレンズの水滴を拭きながら、山頂到着シーンを二人で交代しながら撮影し合った。

北岳の3192メートルより高くしようと、3メートル積み上げたケルンの上に祠(ほこら)があった。雨と霧で有名なドーム型の岩稜・ジャンダルムも西穂高岳もまったく見えない。私は奥穂高の頂上を踏んだので、もう明日下ってもいいと思った。

山荘に戻り、ドアの前に立つ。小屋に入るか数秒迷ったが、ついでだからと奥穂とは反対側の涸沢岳へ向かい、頂上までピストンした。

夕食後、映画があった。夕べと同じ作品なので極端に感動がなかった。

※本記事は、2019年9月刊行の書籍『山心は紳士靴から始まった』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。