はしがき

80歳を過ぎ、いままで生きてきた時間を振り返り、残りの人生を考えてみたくなった。(我が人生は何だったのか)このことを本書に綴りたかった。

やはり大きな比重を占めるのは家族のことだろう。両親や兄、祖父母、妻や子どもたち、孫たちと過ごした時間は大きく濃い。もう一つは、現役36年と嘱託で5年かかわった中学校の仕事のことと、そこで出会った生徒や父母や教師たちとのことだ。この二つは、まるで鹿島槍や谷川岳の双耳峰のように高く大きく聳えている。

次は何だろうか。いくつかの大きな病気とも闘った。何回か出かけた海外旅行も楽しかった。でも、それらは「人生のなか」では短時間に終わっている。ほかで常に頭にあったのは、私の場合、山だろう。山はおよそ60年間も身近にあった。

祖父母や両親が亡くなってから、もう何十年も経つが、ご先祖さまたちの「昔の言動」をときどき思い出す。亡くなった友人知人たちのことも思い出す。と同じように、子や孫たちや友人知人たちも、私のことを思い出してくれるときがあるだろう。そんなときに、「思い出の手伝い」に、60年の間心を込めて書き続けてきた、この随筆風山の紀行文が役立てば嬉しい。

本書を出版したもう一つの理由。数年前からカレンダーに「山の日」が書き込まれ、富士山が世界遺産になった。テレビでは「百名山」の美しい番組がときどき放映されている。

番組では実力を持ったガイドさんが一緒に登って、足の運び方は小幅に岩場は三点確保し、注意事項や持ち物などについて教えてくれる。ハイビジョンカメラの美しい映像に、私はいつも感動する。

でも普通一般の人たちは、「凄くない人たち」と登る。一人で登る場合もあるだろう。そのとき、初心者にはもっと知りたいことがあるような気がするのだ。山に行くとどんな不安や危険があるのか、実際にはどんな体験をするのか、困難をどう切り抜けるのか、など。

登山をこれから始める人や始めたばかりの「初心者」は、先人の体験談を知りたいのではないだろうか。そういう人たちに、80歳を越えた私は、先輩としてこんな体験をしましたよと、この機会に心のなかで考えていたことを本に記したいと思った。

登山を始めたばかりの人や、これから始めようとしている知人・友人・未知の人たちへ、ここに書いた私の乏しい体験が若し参考になれば嬉しい。私は最初から最後まで初心者でした。

追記 本書では「山を想う心」「山好き」を「山心(やまごころ)」とさせていただきます。

2019年9月 吉田賢憲

※本記事は、2019年9月刊行の書籍『山心は紳士靴から始まった』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。