野次馬とクラクション(デイジー)

2014年3月。

デイジーは、テツヤがよく口にしていた言葉を思い出していた。

“どこの国の人間も個人同士では仲良くすることができるのに、なぜ国同士になるとこんなに対立するのだろう。尊重し合うことも、助け合うことも、愛し合うこともできるのに”

いつもと同じようにチェンマイの市場で買い物を済ませたデイジーは、テツヤの姿を探していた。手にした袋には梨とパッションフルーツが入っている。

市場は賑わっていたが、この日はいつもと少し様子が違った。デイジーは人だかりの中心で騒がしく声をあげている数人の男性に気づいた。市場の雰囲気がおかしいのは彼らのせいだろう。何を言っているかはわからなかったが、殺気立った緊張感に、デイジーは少し嫌な感じがした。

身を乗り出して人だかりの中心をのぞき込むと、地面に人が倒れているのが見えた。デイジーは、かかわらないようにその場を後にしようとしたが、一瞬見えたその男性に見覚えがあるような気がした。気になって再度、倒れた男性を確認すると、それはテツヤだった。

市場の人たちは血相を変えて倒れているテツヤのまわりで何かを叫んでいた。

言葉はわからないが、それは助けを求めているようだった。デイジーは野次馬をかき分けてテツヤのもとへ駆け寄った。袋から買ったばかりのパッションフルーツが落ちて転がった。横たわる彼の顔は別人のように青白くなっていて、身体は小刻みに震えていた。

デイジーはテツヤを周囲の人たちから奪うようにして抱きかかえると、何度も彼に声をかけた。周囲にいた人たちもデイジーがテツヤの知人だとわかり、しきりに何かを話しかけてきたが、タイ語がわからなかったため、彼らが何を言っているか理解できなかった。

震えるテツヤを見たデイジーは、自分の身体を押し当てて冷たい彼の身体を温めようとした。それが正しい行為なのかはわからなかったが、今はそうすることしかできなかった。それを見ていたまわりのタイ人が次々と上着を貸してくれた。彼らの優しさが、デイジーを少しだけ冷静にさせた。

やがて、人だかりをかき分けて、デイジーの前に坊主頭の男性が現れた。

無精ひげで、がっしりとした体つきのその男は、デイジーに抱かれるテツヤに向かって声をかけた。時折、“テツヤ”と名前を呼んでいるところをみると、どうやら知り合いらしい。

男は、心臓マッサージをする仕草を私に見せ、テツヤを地面に寝かせるように指示した。周囲にいた地元の人たちも手伝って、テツヤをそっと地面に移動すると、男は上着を脱いで心臓マッサージを始めた。

いつもは賑やかな市場に緊張が走り、周囲の人達の顔に不安そうな色が浮かんだ。

テツヤの顔色はさらに青白く変わり、もはや生きていることすら疑わしいほどで、事態の深刻さを周囲の人たちも理解しているようだった。間もなく誰かが呼んだトゥクトゥク(三輪タクシー)がクラクションを鳴らしながらやってきたが、男は心臓マッサージに集中しており、手を止めなかった。

周囲にいたタイ人たちはトゥクトゥクに向かって激しい仕草で手を振って声を張り上げているが、人だかりでここまで入って来られないようだった。

男はトゥクトゥクが入ってこられないことを悟るとマッサージを止め、テツヤを担ぎあげて、トゥクトゥクに向かった。そして後部座席にテツヤを乗せると、心配そうについてきたデイジーに会釈をして運転手の肩を叩いた。

あっけにとられたデイジーは、その場に立ちすくむことしかできなかった。

テツヤを乗せたトゥクトゥクはクラクションを鳴らしながら、荒々しい運転でその場を去っていった。

騒ぎが収まった路上には数枚の上着が散乱していた。デイジーは上着を貸してくれた人たちにそれらを拾って丁寧に返した。デイジーは声をかけてきた市場の男性がしきりに指さしているのに気づいた。男性が指さすほうを見ると、そこにはテツヤの私物らしきものが残されていた。いつも持ち歩いていた黒いバッグには見覚えがあったので、それがすぐに彼のものだとわかった。

デイジーは砂だらけになったバッグを拾い上げ、砂を払うと、空いていたバッグのなかからノートが落ちてきた。哲也がいつも英語を勉強するために使っていたノートだ。ノートには覚えたてのハングルや英語がびっしりと書き込まれていた。

デイジーは強く胸が引き裂かれるような思いがした。整理できない頭のなかで、“これが彼との最後の別れになるのではないか?”という疑念が浮かび始めると、それがたまらなく怖くなり、デイジーの目にじんわりと涙が湧き出てきた。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『旅するギターと私の心臓』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。