「えっ、じゃあ今までまったく海外に行ったことなかったんですか?」

「まったくってわけじゃないけど、ハワイくらいだよ。旅慣れしているように見えるかもしれないけど、タイに長くいるからってだけだと思うよ」

「意外でした。最初会ったとき、祐介さんのことタイ人だと間違えたくらいですから」

遥がそう言うと、祐介は日焼けした腕をさすりながら笑った。

「タイの後はどこに行かれるんですか?」

「明後日、カンボジアのシェムリアップに向かおうと思っているんだ」

「カンボジア?」

「うん、実は昨日聞き込みをしていたら、あいつが宿泊していたゲストハウスを市内で見つけたんだ。ギターを持った日本人は目立つらしくてね。そのスタッフはシェムリアップに行くのを見送ったって言うんだ」

「えっ! それってすごい手掛かりじゃないですか! すごい!」

「うん。あいつの手帳にも、シェムリアップ行きのバスに乗る時刻表と宿泊先のメモがはさんであったから、何か手掛かりがあるんじゃないかって思ってね」

「それってすごいじゃないですか! 鳥肌が立ちました! このまま進んで行ったら見つかりそうですね!」

「うーん、そうなるといいね」

遥が喜んで見せると、祐介は不安そうに口元をきつく締めた。

「カンボジアに行っちゃったら、もうタイには戻らないんですか?」

遥は少し声のトーンを落としていった。

「うーん、わからないけど、たぶんね」

「そうか……明後日行っちゃうのか……」

遥は寂しそうに視線を落とした。

「祐介さん、明日は何してるんですか?」

「ん? 明日? 明日は南の市場に行こうと思っているよ。どうかした?」

「なんか日本を出てからこんなに人と話したことなかったので、もっとお話したいなって思って……」 

それを聞いた祐介は少し照れたように笑った。

「明日、一緒に行ったら迷惑ですか?」

遥がボソッと口を開いた。

「え? 一緒に? 市場に?」

宇山がきょとんとしながら言った。

「そうですよね……迷惑ですよね」

「あ、いや、全然迷惑じゃないよ。でも遥ちゃんも明日予定あるんじゃないの?」

「ないです! 実は私この数日この雨でどこにも行ってないんです。それに……一人で出歩くのが怖くてまだどこにも行ってないんです……」

「あらら、そうなんだ。こっちはまったく構わないけど……っていうか、二人のほうが楽しいし、心強いから来てくれると嬉しいよ」

「ホントですか!?」

遥は子どものように目を輝かせた。

「じゃあ、何時に行きましょうか?」

「うーんとお昼頃かな? 途中に美味しいカオマンガイのお店があるらしいから、そこに寄って食べてから行こう。トミーに教えてもらったんだ」

「えっ! カオマンガイ!? それ鶏肉のやつですよね! 食べたかったんですよ!」

「お、それはよかった。よし、じゃあ明日はそのプランで行こう」

そう言って祐介は窓の外に目をやった。

「あ、遥ちゃん、もう雨止んでいるみたい。そろそろ帰ろうか?」

窓の外を見て思い出したように祐介が言った。

「あ……本当だ。そうですね、戻りましょうか」

遥は少しつまらなさそうに返事を返した。もう少し彼と二人きりで話がしたかった。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『旅するギターと私の心臓』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。