誰かが私をこの状況から救い出してくれることを日々願いながら、昨日と同じ長い一日を過ごした。

やがて友人たちからのメッセージが途切れるようになると、彼らもまた自分の人生を楽しんでいるのであろうと思うようになった。

フェイスブックの投稿を見ると皆楽しそうにしている。

皆、制限のない人生を歩んでいた。

旅行をしている者もいる。

お洒落なカフェでケーキを頬張る投稿も、新しい生命を授かったというめでたい投稿ですら、今の私にとっては辛いものだった。

見舞いに来る友人もめっきり少なくなり、やがて訪れるのも親戚や家族だけになった。自然と一人で考える時間が増えていった。

うまく自分と向き合うメンタリティなど持ち合わせていない。ろくでもない結論に達しても、それを否定してくれる人間もいない。私は孤独だった。

最近では家族や医師の前ですら、嫌味ばかりが口をつくようになった。皮肉なことに身内や病院の人間をののしり、彼らを否定することが今の私を支える生きがいになってしまっていたのである。

この状況から抜け出すために誰かの手を借りたかったが、具体的な対策は何一つ思いつかず、何をしても無駄だと思うようになった。

行き場のない苛立ちをぶつける場所もなく、八つ当たりをするような力もない。ただベッドに横たわって、その苛立ちと向き合わなくてはいけない。だがそれももう疲れた。

私は、このまま静かに消えることができればどんなに楽かと、弱気なことを思う時間が増えていった。

ただ生かされているだけの毎日に嫌気がさし、希望を持つことにも疲れていた。

それでも自ら命を絶てないのは、心のどこかで生きたいと強く願っている自分がいるからだった。

外部から入ってくる情報は不安定な気持ちにさらに拍車をかける。やがて私は外部との接触を避けるようになった。何かに期待しても、求めても、結果的に得られるものは苦痛でしかなかったからだ。

誰も信用できなくなったわけではない。しかし、これ以上外部の人間と接触をすると頭がどうにかなってしまいそうだった。

皆、他人の私の身に起こっていることに一時的な感情で興味を示してくれたに過ぎないのだと。ならばいっそのことつながりなどないほうが苦しむこともない。

すべてに背を向けることが、自分にできる唯一の悪あがきだった。

私は決心し、スマホの電源を切ることにした。

心残りは祐介だけだった。

もう一度会って謝りたかった。

次に彼に会うまで、私はこれ以上自分を見失うことなく生きていられるだろうか。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『旅するギターと私の心臓』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。