ジャンネット

ジャンネット一家は、二年間にわたり故郷のパレストリーナの町で過ごしていた。

そこに懐かしの「サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂」楽長就任の依頼が来たのである。

「ジャンネット、あなたには時々驚かされるわ」

「ルクレーテ、いつもすまないね。でもお前が支えてくれるお陰で、何とか乗り切ってゆけるよ」

「ラテラノ教会での四年間は、よくお耐えになったわ。でも突然、住む当てもないのにお辞めになって」

「聖歌隊楽長としての、個人的な経費削減なら耐えられるが、少年達の教育費削減には我慢できなかったんだよ」

「お父様がお亡くなりになって、故郷で様々な整理をするには良い機会だったわ」

「またこうして、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂楽長の依頼によって、ローマに戻る事が出来た訳だから、心機一転頑張るからね」

「あなたにとって子供の時から思い出多い場所ですものね。懐かしい方々もいらっしゃるでしょう」

幼かった自分に、音楽教育を施してくれたサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂は、ジャンネットの為に二〇年振りにその扉を開いた。かつてジャンネットと呼んでくれた教師や仲間も健在であった。

大聖堂前の広大な敷地に新しい住居が与えられ、聖歌隊の少年達も四人預かった。ここでの四年間は、ジャンネットにとって充実したやりがいのある生活と、豊かな時の流れが与えられた。

一五六三年、ジャンネットの生涯を代表する作品の一つに数えられている『諸聖人祝日共通の一年間全祭日用モテット集』が出版される。そしてそのモテット集は、ロドルフォ・カルピ枢機卿に奉げられた。

その献呈の辞には、こう記されている。

「令名高き枢機卿様が、音楽芸術振興にご尽力あそばされておられる事を、よく存じ上げております。古代から多くの逸材たちは、音楽を聖なるものに捧げるために、全力を挙げ努力してきたばかりではございません。古代人たちの説話では、自然物や生命のない物までもが、素晴らしい歌声に感動したと言い伝えられております。この作品には、私の出来る全ての芸術手段を取り入れてございます。それ故、我が庇護者であられる令名高き枢機卿様にお送りし、献呈申し上げます」

こう高らかに賛じたジャンネットとその一家には、ひとしきり平穏な日々が続いた。

ジャンネットには、充実した音楽家としての時間が流れていった。

そして新たな出会いも生まれてゆく。

フォルトゥーナの穏やかな風が、プラエネスティーナ街道からローマに届けられていた。