プロローグ 黒き家来

「もっと擦れ」

「もっと強く擦らぬか」

「隅から隅までじゃ」

「一向に色が落ちぬではないか」

「何を塗っておるのじゃ」「それにしても 黒いのう」

天正九年二月二四日

ユリウス暦一五八一年三月二八日

麗かな風がそよいでいる

都は花の盛りを迎えている

 

青陽の春である

“花前に蝶舞う 紛々たる雪

柳上に鶯飛ぶ 片々たる金

花は流水に随って香の到る事疾し

鐘は寒雲を隔てて声の到る事遅し”

どこからか謡曲『熊野(ゆや)』の一節がきこえてくる。