黒き尉面

「さすれば、お師匠様。『翁』の思いは、『水』による『天下泰平・五穀豊穣』の願いではないでしょうか」

「してその意味は」

「翁役が直面で『とうとうたらり……』と歌い始めるのは、背にしている松(北)の先から流れ出る水の姿。白き尉面は、金。豊かさ・貴人の象徴であり、秋は稔りの季節に当たります。その姿で『天下泰平』を願います。

翁が帰り、三番叟役が烈しく大地を踏みしめます。黒き尉面は冬であり、民を表します。時が移り春となって、鈴を振りその音が普く大地に染み込むように田植えを行います。神仏のご加護により五穀豊穣が約束されます」

三郎は、目を閉じて静かに宗易の話を聞いていた。

「流石に宗易殿。僅かこれだけの話で、そこまで感じられるか。しかしどれが正しいとかは申しません。大事なのは感じる事ですから。さらば、先ほどの『尉を外す』は如何に」

二人の会話を楽しんでいたりきは、僅かに身を乗り出した。

「炭はその元は『木』。『赤』く燃やして、『黒』き炭となります。再び『赤』く燃え、尉がついて『白』くなります。尉を外すと再び『赤』、最後は灰(土)『黄』に変化いたします。

外すとは『尉面』を外す如くこころして扱えとの教え。つまり、炭の中にも五行の変化がある如く、光の移ろい、花の姿、道具の取り合わせにも五行陰陽を心せよということではないでしょうか。それに気づけ、という言葉の様に思います」

「元々『陰』と『陽』には色の感覚がなかったとの事です。『陰陽』の考えと『五行』の考えとが一つになる中で、陰が『黒』、陽が『赤』と定まったと聞いております。これも変化なのでしょうか。さて、次の稽古は「藤戸」をする事にいたしましょうか」

三郎との稽古は、宗易の茶の湯を深めてくれた。りきを交えた会話は、更にそれを愉しいものにしてくれたのである。