第2章 あなたの心は健康ですか?

② 「ねばならない」思考からの脱出

15歳の春に感じたコントロール不可能感と心の健康(セリグマンの犬の実験より)

セリグマンは、2匹の犬を用いて次のような実験をしました。それぞれ電気ショックの流れるハンモックに犬を固定します。一方の犬は頭で板を叩くと電気ショックを止めることを経験しますが、他方の犬は頭で板を叩いても、電気ショックは止められないことを経験します。

その後、ハンモックからはずされた2匹の犬を、電気ショックが来ればハードルを飛び越えて安全地帯へ逃避できる仕掛けになっている部屋に移動させます。前者の犬は、床から電気ショックが来るや否や勢いよくハードルを飛び越えて安全地帯へ逃げ込みました。ところが後者の犬は、床から来る電気ショックにも、じっと我慢して震えながら動こうとしませんでした。

ハンモックで電気ショックを受け続けた後者の犬は、「自分はどうすることもできない、もうダメだ」という無力感を学習した結果、電気ショックから逃れようと思えば逃避できる別の環境に置かれても、甘んじて電気ショックを受け続けるようになったのです。セリグマンは、「無力感は経験によって学習されたものである」ことを発見して、この現象を「学習性無力感理論」と名づけました。

その後、セリグマンは、この理論を人間の行動でも説明しています。人間の場合は、電気ショックのかわりに、日々感じている様々なストレスが考えられます。

少し極端な例になるかも知れませんが、例えば、営業成績は着実に上がっているにもかかわらず、それには目もくれず、目標をさらに引き上げる上司のもとで働いていたり、その日の気分で仕事の指示を出す上司に振り回されていたりする、といった状況に置かれているとします。このようなストレスを日々感じる職場環境で働いていたのでは、もっと頑張ろう、という意欲は湧いてくるでしょうか。そのような状態が続くと、「自分はどんなに努力しても、状況は変わらないこと」を学習して無力感に陥り、やがてうつ病になる可能性もあると考えられています。

しかし、セリグマンの学習性無力感の実験の中で、特に注目すべきことがあります。最初のハンモックで電気ショックを止められず、無力感を学習した犬の中にも、別の部屋に移されて新しい環境に変われば、安全地帯を求めて、雄々しく飛び出すことができる犬もいたことです。

私が勇気をもらえたのは、まさに、この事実でした。もう駄目だと諦めてしまう前に、もしも環境が変われば、なんとかなるとポジティブに考え直して、困難を乗り越えることもできるということ。一時の出来事だけで、未来を悲観しないことの大切さを教えてくれています。

15歳の私も、勉強について行けず落ちこぼれのままでいたら、無力感に陥って、うつや不登校になっていたかも知れません。私の場合は、私を取り巻く高校という環境が変わった訳ではありませんでしたが、自らの存在を正当化するために、自分で環境を作って飛んだ、といった感じです。

決して自慢はできませんが、精神的な健康を保つためには不可欠だった、苦し紛れの手段でした。大学で教員をしていると、近年、親が先回りをするために失敗や挫折を経験できていない人たちが多いように思います。人生において、苦心に過ごした日々や挫折こそが、いざという時に、安全地帯への飛び方を学ぶ機会になっていることを、私はこれまでの幾度もの失敗から学んだ気がしています。

※本記事は、2020年3月刊行の書籍『Over Thirty クライシス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。