第2章 あなたの心は健康ですか?

② 「ねばならない」思考からの脱出

15歳の春に経験したストレスとストレス対処

ストレス対処には様々な方法があることは分かったけれど、日常生活の中で次から次へとやってくるストレスが、自分ではコントロールできないと感じることも少なくないでしょう。そうなってくると、どの対処法を使えばいいのか分からない、どれを使ってもダメだ、という場合もあるでしょう。へこみます。

K県は、全国でも数少ない公立高校優位県です。そのため、公立高校の成績序列も明確です。東のT高校、西のM高校、というのが県内では1、2の進学高校。当時、15歳の私にとって、高校受験は、それまでの人生の中で、もっともストレスだったと記憶しています。

M市に住んでいるかぎりM高校に進学することは、幼い頃からの憧れでもあり使命でもありました。勉強嫌いの私にとってM高校は厳しい選択だったと思いますが、椅子取りゲームのおこぼれに預かったか、はたまた、奇跡か、15歳の私は、ストレスに押しつぶされそうになりながらも、M高校に、なんとか、合格できました。

こんな私ですが、中学時代は部活動をやりながらでも、そこそこ勉強していれば上位の成績がとれていました。ところが合格の喜びもつかの間、高校に入ったら、できる者は上には上がいること、勉強はしても良い成績はとれない、私には無理だということを、早々に思い知らされました。

だからといって、せっかく入った高校ですから、辞めるのももったいない。そこで私は、ちんぷんかんぷんの授業にも、とりあえず、すべて出席して、3年間、無遅刻無欠席で皆勤賞をとることを目標に高校に通い始めます。授業以外のことは、真剣に取り組みますから、部活動や生徒会活動は、基本中の基本。放課後の時間はすべてそれらに費やしました。

おかげで皆勤賞だけのつもりが、卒業式では、生徒会功労賞とのダブル受賞でした。あとは、首席で卒業していれば、トリプル受賞だったのですが、本来の目的ではなかったので自主的に望みはしませんでした。

ところで、私には2つ歳上の姉がいます。姉は、私とは真逆で成績は優秀でした。その姉には、いまだに、「勉強もせず、よくあんなに生き生きと高校に通っていたね」といわれますが、いえいえ、本人は勉強について行けず、現実はとてもストレスだったのです。

にもかかわらず、我ながら、見事なストレス対処で3年間を生き抜いたものだと、今ではよい思い出になっています。そしてのちに、私は大学で心理学を学びますが、高校時代に私の取った行動は、まさに、セリグマンの犬の実験だと気づき衝撃を受けることになります。

※本記事は、2020年3月刊行の書籍『Over Thirty クライシス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。