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誰れしも最初桑港(サンフランシスコ)に上陸し日本人街にある邦人經營のホテルに宿泊して第一に異樣に感ずるのは、ホテルの主人の子供が電話口で白人の友人を相手にしてベラベラ話をしたり、日本人の古い移民時代の子供が、相當(そうとう)の年輩になつて白人の仲間に伍して愉快さうに公園などを散歩してゐることである、

斯ふいふところを見ると殆ど最初は白人の前で口の利けない新渡米者は何れもびつくりする、且つ羨望と奇異の眼を以てそれを見るのである、(しか)して夫等日本人の子供の性格を驗するに、旣に日本內地の子供の性格とは全然相違してゐるものがある、其態度と歩き振から、常に考へて居る思想や、眼前の種々の問題を解决する日常の事件や、總べての行動が早熟官能的である事や、其他多岐に渉つて殆ど白人の生活に類似してゐる、

けれども爭はれない事には大和民族所謂黄色人種の血潮を累受(るいじゅ)した彼等子供の面相を能く見ると、鼻の低い黄色の平面的な顔にはやはり東洋的の即ち()(りょう)桃源(とうげん)の直線が現はれてゐる、而して內面的にも(ほん)(とう)の純な米國人其儘(そのまま)でもなければ、且日本內地の子供の生活、即ち內面的にも外面的にも全然相違した所謂(ここ)に東洋人の西洋育ち、即ち東西を混合した新しい最も有意義の充實した一面(いちめん)珍妙(ちんみょう)不可思議の兒童に對する新しい國民の現出と新しい世界が展開されてゐる。

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