太平洋上の樂園

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船友三人と、一(だい)の貸自動車に乗込んだ、故國では年始の回禮に、深い雪道をマントに包まれて、白い息を吐きながら寒むい寒むいと縮み込む期節なのに、此地の空は瑠璃色に睛れて猛烈に暑い光線の中を一驅して街の大通りに出る。

街の眞中には、複線式の電車が涼しそうに通つてゐる。さすが、熱帯國程あつて電車は左右、兩側共、皆羽目板も窓もなく、多くの椅子が內地の三等列車のように並んでゐる、そして多くの乗客が、輕い絹衣を着けて電車に乗ると云ふだけでも如何にも心地宜さそうに眺められる。

(やが)て其の大通りから横にそれて椰子と、棕櫚の多い坦々たる靜寂な路に入つた、其の邊には一面にハイビスカスと云ふ花がある。爛熳と咲き亂れてゐる。

それから、幾つかの坂路を登つた頂上は、此の島に取つて最も歴史的感興の深い古戰場である。それは、西暦一千七百九十年、カメハメハ第一世が此の頂上で敵軍を慘敗せしめた古戰場であるが、何等(まとま)つた遺物が殘つてゐない、唯だ幾多の斷崖が毅然と峙り立つて其の山脈が、なだらかに大海に面してゐる、この頂上は古來强烈な東北の暴風と颱風が有名なもので、細身の吾々は吹き飛ばされそうに踉蹌(よろめき)きながら逃げ歸つた。

再び自動車をWikiki公園に驅けらせた、此處は海邊で中々景色の宜い所である、立派な音樂堂もあれば、公共の()めの休憩所もある、この邊一帯に髙さ拾數丈もある椰子の實が、恰も金鈴の如くぶら下がつて味感をそゝる、南國の香ひがする、丁度このワイキキ公園に入つた頃、突然何處からか霧のやうな雨が(けむ)つて來る、驟雨(しゅうう)に逢つた、雨具の用意がないので見物に困つたと思つてゐるところ、空が忽ち再び瑠璃色にいよいよ明るくなつた、そして手近の椰子と棕櫚の間に今しも濃厚な虹が現はれた、この島では月夜にも美しい虹を見られるそうだ。