はじめに

思い切った断捨離が出来ないのは筆者の性格なのだろうか。祖父・郷倉与作ごうくらよさくが亡くなったのは1975(昭和50)年。すでに半世紀近くが経とうとしている。与作は絵描きという仕事がらいろいろな資料が遺物として未だに残されている。今度こそ思い切って断捨離するぞと気負い込むのだが、単なる整理に終わってしまう。

そんな諸々の中に、郷倉与作著作『北米ローマンス』がある。整理の度に手にし、読もうとするのだが、どうしても気が進まない。おそらく大正時代の渡米記を今さら読んでどうなる、という気持ちがそのようにさせるのかもしれない。そんなことを繰り返しているうちに、時が流れてしまったようだ。

新型コロナウイルス感染症が世界中に蔓延したのが2020(令和2)年。一年以上、世界の政治経済は混乱し、日本においても少なからず同様の事態が引きおこされた。このような状況の中、病後のリスクを抱えていた私は医師から外出は極力ひかえるようにと言われていた。

当時、新聞、テレビ、何を見ても世界中、新型コロナウイルスのニュースばかり。しかも、いつ収束するか分からない。ウイルスとの共存という話となると虚無的にならざるを得ない。

こんな時、なぜか私の脳裏に浮かんだのが、祖父が著述した『北米ローマンス』だ。この本は約100年前、ボストン美術館(米国)に収蔵されている日本美術の調査研究を東京美術学校(現東京藝術大学)の大村西崖おおむらせいがい教授から依頼された24歳の与作が東京美術学校卒業後、単身渡米し、約1年半にわたり美術館をはじめ、米国各地を訪ね歩いた旅行記である。

これには、21世紀に暮らす私達には目新しいことは書かれていない。だが大正時代の日本人には未だ知らぬ事情に驚きを持って読まれたのではないだろうか。明治時代の言い回しや慣用句、そして形容詞が多く使われているためか、現代人には読みにくい。しかし読み進んでいくうちに、祖父という人間を通して見えてくる当時の米国の匂いのようなものを絵巻物を通して見せてくれるような表現が随所に見受けられ興味深い。

絵描きを志す明治生まれの青年の思考がどのようなものだったのか、米国の旅で出会う折々に記された印象、100年経過した今だからこそ達観した視点から、面白おかしく読ませてくれるのだろう。本箱の片隅にずっと置かれっぱなしになって、見捨てられ、忘れ去られてしまったような本。

歴史に残る名言や有名な人の書いた書物ではなく、ある”志”を持った、名もなき若者が米国で見て、経験したことを純粋に素直に書き綴った文章の中に、若者の熱き血潮の息吹を感じとることが出来る。現在、落ち込んだり、人生の先行きの分からなくなっている若者達の生きる原動力の一助になることが出来れば嬉しい限りである。