移民と兒童問題

サマリー

サンフランシスコに上陸した与作は日本人街にある邦人経営のホテルに宿泊した。そこで目にした日系二世の子供達の様子。

「これは一体どうしたものか」。

与作は思いもせぬカルチャー・ショックに遭遇している。日本人と同じ姿をしているのに白人の仲間に伍して愉快そうに談話している情景を見るにつけ、たいしたものだと敬服する反面、何となく滑稽にも感じられたようだ。

よくよく眺めてみると日本内地の子供達の性格や価値観とは全く違っているのだ。態度や歩きぶり、物腰、そしてすべての行動が早熟官能的なのは白人の生活習慣からきているらしい。とにかく東洋人の西洋育ちがこの地で息づいていることは事実である。

二世にしてみれば一生懸命働く親のおかげで教育を受けさせてもらう以上、米国社会に伍していかなければならない。彼らを見て、明治生まれの与作は同根の国民でありながら、似て非なるものと感じたようである。二世が喋る日本語のはしばしには理解に苦しむような表現が登場し、滑稽に思われても、彼らにとっては精一杯、日本人二世を表現しているのだろう。そこには、日本人になれない日系人としてのアイデンティティーが読みとれる。

100年以上前、明治時代に生まれ育った日本人なら誰でもこのような状況を見れば奇妙に思うだろう。そして与作は、いろいろな国の二世が集まれば、自然発生的に革命国が出来てもおかしくないと結んでいる。母国人にも異国人にもなれない二世の立場は根なし草のような存在であったに違いない。しかしグローバル化が進む現代、二世は彼らの持つアイデンティティーを駆使し、社会に貢献している人が多いと聞く。二世による革命国が出来ず良かったと、与作も胸をなでおろしていることであろう。