ふと常雄が立ち上がった。中学校の恩師・宮田先生の姿が目に入ったからだ。二人は挨拶した。

先生は自動車学校に通っている奥さんを自動車で迎えに来たらしい。

「今日は仮免許の試験でした」

「どうだった。うまくやれたか」

当時は大層恐い先生だったが今はにこやかである。

「ラインを越えたし、方向指示器を出し忘れたし、多分駄目でしょう」

常雄が答えた。

「なあに、それくらいなら大丈夫だ。誰でも受かる。それでなければ自動車運転する奴がいなくなってしまう。とにかく馬鹿でもアホでも運転しているんだから」

毒舌はまだ衰えていない。だが常雄は先生にそう言われて自信が湧いてきたようだった。

「今、四年生だったな。就職の方は決まったのか」

「ええ、一応内定はしました。今年は不景気なので小さな会社ですが」

「大きいだけがいいとはいえん。将来性だな」

「会社に入ると免許を取るのも大変だと思い、この夏休みに取っておくことにしました」

「そりゃ、早く取っておいた方がいいな。どうせ会社に入ったら扱き使われるから、自動車学校に通っている暇なんかないだろう」

宮田先生はそれ以上のことは訊かなかった。大変厳しい先生で、宿題を忘れてきた生徒や授業中態度の悪い生徒を本や平手で殴ることもよくあった。授業中は緊張の連続だった。

もっとも宮田先生に受け持ってもらうと、勉強の力がつくというのでそれを喜んでいる保護者もいた。しかし殴られた生徒の一部は先生を嫌っていた。

先生の熱心なのは勉強だけではなかった。卓球部の顧問をしていたが、こちらの指導も熱心で厳しい反面、夏休みなど練習が終わるとポケットマネーを気前よく出して部員にアイスキャンデーなどをおごってくれるという評判だった。

新聞に教師の体罰で鼓膜が破れたり、怪我をしたなどということが報じられることがある。宮田先生はよく殴ったけれど生徒に怪我をさせたということは一度も聞かなかった。大変大柄な先生だったから本気で殴ったら、中学生などふっ飛んでしまったことだろう。よろけるようなことはあってもふっ飛ぶようなことがなかったのは、ちゃんと手加減して殴り方を心得ていたのだろう。