出版社の佐伯が言った。「晩年の先生は作家というよりどこかの寺の庵主(あんじゅ)さんといった風格でしたね」

「“寒山(かんざん)拾得(じっとく)図”ですかな」と篠崎。

若い佐伯は「はぁ?」と言ったような顔をする。「先生のお宅に掛かっていたのは古い曼陀羅(まんだら)だったと記憶しますが……」

「そいつはうちの京都の家にあった曼陀羅じゃないかな、祖父(じい)さんが秘蔵していた」と兄の潔氏。

「道理で由緒ありげでした。それに仏像も飾ってありましたね。あれは先生が東風堂さんで購入されたものですか?」と佐伯。

すると突然十人目の村上と名乗る人物が口を差しはさんで篠崎に聞いた。

「最後に斉田さんに会われたのはいつでしたか?」​

その湿ったムードを振り切るかのように大学時代の友人が陽気だった故人をしのんでみんなで献杯しませんかと提案し、一同は賛成してそれぞれ用意した飲み物を引っぱり出してきた。

松野はこの日の為にわざわざ取っておいた北イタリア・バローロ産の赤ワインをグラスに注いで画面に向けて掲げ、「天国の斉田氏のご冥福を祈って」と言った。参加の面々もそれぞれビールや日本酒、アルコールのダメな者はノンアルコール飲料やウーロン茶などを画面に向かって掲げた。一同の間にようやくくつろいだ表情が見て取れた。

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