Ⅰ レッドの章

聞き取り(一)

掛川は京都から国鉄鶴前線に乗って鶴前に向かった。学生時代に乗った汽車の窓からの光景は少しも変わっていなかった。相変わらずの混みようで、通路にも人が大勢立っていた。

彼の向かいの男はアルミの弁当箱を取り出して弁当をむしゃむしゃ食った。周りの乗客は黙ってその光景を眺めていた。駅弁なるものはまだ浸透しておらず、乗客たちの大半は空腹を我慢していた。

途中何度かトンネルをやり過ごしたが石炭臭い煙で車内はもうもうとし、鼻の穴が煤で黒くなるのは相変わらずだった。今回はヤミ米担ぎとは出くわさなかった。ようやく鶴前駅に着くと駅前の旅館に宿を取り、荷物を部屋に置いてから出掛けた。

最初に掛川は鶴前警察署の署長に表敬訪問をした。鶴前署の署長Tは名古屋の大学卒で京都府警のエリート・コースを行く男と見られていた。だが彼は掛川が挨拶に行った時、署長として最初に配属になったのが鶴前のような田舎だったことにすっかり幻滅している様子だった。

彼は京都市内はダメでも、せめて裏日本側ではない、京都市周辺の町の署長に配属になると期待していたらしい。開口一番Tは言った。

「鶴前は田舎ですよ」

この町にはテニスコートもゴルフ場も何もないと言い、休日にすることといったら草野球と芋掘りくらいだと嘆いて見せた。掛川は今のご時世で田舎の警察署長の趣味がテニスにゴルフというのには違和感を覚えた。文句は言っても彼はまだ三十代半ばで鶴前市の警察署長として四十、五十代の筋金入りの猛者の刑事たちを指揮する立場だった。

掛川が自分の用件を話そうとすると、署長は神林正次の国選弁護人と同じ意見と見えて、話の腰を折って事件は明々白々であり、自分の罪を認めて刑に服する方が本人の身の為ではないかと言った。掛川は慎ましく言った。

「お言葉ですが自分としては何事もやってみなければ分からないと考えます」

「あなたの気持ちは分からないではありませんが、エネルギーの無駄遣いにならなきゃいいですがね」

そして再び鶴前の悪口を繰り返し、最後に付け加えた。

「全くここは誰かも言う通り〝文化果つるところ〟ですよ」