第2章 かけるくんの子ども時代

4 中学・高校時代

中学校3年生になると高校受験を迎えます。かけるくんは、稲沢東高校と守山高校を受験しました。愛知県では、公立高校はA日程から1校、B日程から1校を受験することができます。私立高校は、かけるくんの障害の程度を見て、受験を認めてくれる学校はありませんでした。

稲沢東高校はA日程で、2019年の「みんなの高校情報」では偏差値42となっています。かけるくんの自宅から稲沢東高校までは、直線距離で6〜7㎞くらいなので電動車いすで通学することができます。一方、守山高校はB日程で、2019年の偏差値は40です。

かけるくんの自宅から守山高校までは、電車で1時間半かかります。さらに、グーグル検索で守山高校と入力すると、「守山高校 ヤンキー」「守山高校 定員割れ」「守山高校 荒れてる」といった単語がサジェスチョンで表示されます。そういう事情があったので稲沢東高校が第一希望だったのですが、守山高校は受かって、稲沢東高校は不合格でした。

守山高校は荒れていると聞いていたので内心、びくびくして入学したのですが、意外とそうでもありませんでした。いや、荒れているのは荒れているのですが、かけるくんにはかえって過ごしやすかったのです。

守山高校がどれくらい荒れているかというと、かけるくんのお母さんが付き添いで一緒に登校すると、朝、校門のところで生徒が先生に「こらー!」と怒られています。すごく怒られているのですが、そんなことはお構いなしに普通に授業が始まります。

けんかも多く、先輩たちが外で殴り合いをしていることもよくありました。20年前か30年前のツッパリと呼ばれる生徒が多かった時代を思い出します。

かけるくんの学年はとびきり出来が良いと言われていましたが、それでもしばしばけんかは起きていました。タイマンが起きて、男子トイレのなかが血の海になったこともありました。しかし、かけるくんにはそういったことは無縁でした。かえってそういう生徒のほうが、かけるくんのような障害者には優しいのかもしれません。

例えば、守山高校は公立なのでエレベーターがありません。そのため、かけるくんが上の階に行くときには、みんなで「かけるを上げるぞ」と言って階段を運んでくれました。じゃんけんをして、勝った人が持ち上げるというルールでした。負けた人ではなく、勝った人が持ち上げるというのは、この行為が名誉なことと考えられていた証拠です。

男子がいるときは男子がやってくれるのですが、男子が先に行ってしまうこともあったので、そういうときは女子が持ち上げてくれました。電動車いすは100㎏くらいの重さがあります。授業のときは手動車いすでしたが、それでも70㎏くらいになります。それにかけるくんが乗っているわけですから、結局100㎏くらいになります。

それを持ち上げるわけですから大人でも大変です。しかも、ただ100㎏の荷物を運ぶのとは違い、車いすの上には人が乗っています。そのため、絶対に落としてはいけないというプレッシャーもかかります。それを女子4人で持ち上げていたというのですから驚きます。

だからというか、やっぱりというか、「荒れている」守山高校の体育大会は一筋縄ではいきませんでした。団結力が強いからこそ、意見が食い違ってよくけんかになりました。そういうときには、守山高校名物の殴り合いが始まるのです。

時には、真面目に走らない生徒がいてそのせいで負けたりすると、その生徒が袋叩きにあったりもしました。体育大会では、クラスの旗を貼って、掛け声をかけて、すごいクラスの団結力でした。かけるくんのお母さんが感心していると、裏ではけんかが勃発して先生が走っていきました。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『希望の薬「スピンラザ」』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。