【前回の記事を読む】「意識とは何なのか?」京都大学名誉教授が語る研究の結果とは

第三章 気づいているという意識・クオリア(第二の意識)

感覚と知覚

私たちは視覚(しかく)聴覚(ちょうかく)平衡(へいこう)感覚(かんかく)嗅覚(きゅうかく)味覚(みかく)皮膚(ひふ)感覚(かんかく)(触覚温度感覚)などさまざまな感覚刺激を感覚器で受容している。しかしながら、それらの感覚入力の一部にしか気づいていない。

言い換えると、感覚の一部のみを知覚している。多くの感覚入力情報は受容器から脳へ送られているにもかかわらず、気づかれない状態になっているが、それでも私たちの体は一部の感覚入力に対して自動的に反射応答している。例えば私たちの目は、頭部が動いた時に頭部回転とは逆方向に回転して視野のブレを抑えている。

この(ぜん)庭動(ていどう)(がん)反射(はんしゃ)のはたらきによって、揺れている電車の中でも本を読むことができているのだが、通常は頭部の揺れに気づいていない。熱さ・寒さや激しい運動時の息切れに気づくことはあるが、体温・血圧・心拍の変化といった自律神経系の応答を引き起こす感覚入力に気づいていないことは多い。

感覚入力の一部のみに気づくことについて以下で検討していくが、その前に感覚情報が脳・神経系でどのように処理されるかを説明しておきたい。

一般的に、ある特定の感覚細胞は限定された特定の刺激のみに応答する。そして、その応答が上位の神経系で情報処理されていくのに伴い、上位の脳部位にある神経細胞は、動物にとって意味のあるまとまった刺激の集まりに応答するようになる(図1)。

[図1]視覚系における情報処理。視覚情報処理が上位の神経系へと進むにつれて、神経細胞はよりまとまった形状などに応答するようになり、位置情報は失われて、より概念的な画像をコードするようになる。

例えば、視覚系の感覚細胞である網膜(もうまく)錐体(すいたい)(かん)(たい)は、それに光が照射されるか否かで応答が決まるが、大脳(だいのう)皮質(ひしつ)の上位領域の神経細胞は顔などの特定の形に応答する。内耳で音を検知する感覚細胞である(ゆう)(もう)細胞(さいぼう)は、特定の周波数の音のみに応答するが、上位中枢の神経細胞は鳴き声など動物にとって意味のある音に応答する。

鼻の嗅覚受容細胞は特定の物質に対して反応するが、上位中枢の神経細胞は尿の臭いなど、動物にとってより意味のある複合臭に応答する。以下でこうした脳内での感覚情報処理過程について、視覚系を例として説明する。

なお、次段落の説明は多少詳しくしてあるので、視覚に関する脳内神経回路で情報処理が進むにつれて、よりまとまった図形(概念)に神経細胞が応答するようになっていくことを理解していただければ、次の二段落は読み飛ばしても構わない。

光を受容するのは網膜にある光受容細胞の錐体と杆体である。それらの光受容細胞は光が当たるか否かに応答して、網膜内の(そう)(きょく)細胞(さいぼう)にシナプスを介して情報を伝え、双極細胞は次に神経節細胞に情報を伝える(図2)。

[図2]網膜の神経回路。光は網膜の神経細胞層を縦断して、錐体(すいたい)または杆体(かんたい)と呼ばれる光受容細胞で受容され、(そう)(きょく)細胞(さいぼう)を介して、神経節細胞へと情報が伝達される。神経節細胞は、()(しょう)外側(がいそく)膝状体(しつじょうたい)などの中枢神経系へと情報を送る。なお、水平細胞とアマクリン細胞は、後述する側方(そくほう)抑制(よくせい)にかかわる抑制性神経細胞で、画像のコントラストを強化することなどにかかわる※2。また、色素細胞は光の反射を防ぐ表皮細胞である。