諸星と青山の仕事は、荷の監視とその場所に人を近づけさせないことだった。荷のなかには、塩か砂糖か、袋詰めのものが運ばれている。また、水に濡れないように油紙で包んだ荷がいくつかあった。それは手代自らが運んでいた。

諸星と青山が素知らぬ顔で注視していると、そのなかの一つに中国語が書かれた包みが見えた。勢戸屋の抜け荷は砂糖ばかりではなく、薬種とか書画骨董の類までさまざまだったのである。

薬種に関しては、隣藩の富山藩が有名で、反魂丹とか六神丸という薬がつくられ、富山の薬売りとして諸国をまわり、主に置き薬として商売していた。それは各家に薬を置かして貰い、次回来たときに使用した薬分の費用を徴収し、補充して商売するのである。

それらの薬に必要な材料として中国や韓国あるいは東南アジア産の朝鮮ニンジン、甘草、樟脳、ジャ香などが使われた。それらの薬種は抜け荷に頼らなければ手に入らないことがあり、勢戸屋ばかりでなく、金崎港に出入りする商人たちも何らかの関与をしていた。その辺りの事情は黙認されていて、藩主義政も了承していた。

しかしながら、砂糖は違った。砂糖は、近年、和菓子ばかりでなく、さまざまな料理の調味料としても需要が高くなっているが、もともと贅沢品として徴税の対象になっていて、厳しく管理されていたのだ。それが、砂糖の卸をしている問屋の番頭の話では、想定以上に街に出回っているということだった。