抜け荷

肩幅が広くちょっと大柄な若侍と薬箱を背負った小柄で初老の男が連れだって、早春の海辺を南に向かって歩いている。砂浜の足跡は時に強く打ち寄せる波に消された。

ここは河北(かわきた)藩、日本海に面した北陸の地である。北と南の藩境まで、途中、河川で途切れることはあるが、延々と砂浜の海岸が続いている。北は()の川という川が藩境で、南は坊の入り江と呼ばれる広くて深い入り江でさえぎられている。

坊の入り江はなかほどに浅瀬まで続く岩礁が連なり、いつも波が高く、人の立ち入らない場所である。入り江の南岸は断崖で、坊の岬と呼ばれる岬まで続く。そこが藩境である。坊の入り江の成り立ちは、大昔に起きた大地震で入り江の概形ができ、そこに流れ込んでいる蕪木川のたびたびの氾濫で南岸が侵食され、坊の岬まで続く断崖が形成された。

入り江の北側は、特に冬の北からの風が入り江に大波を送り込んで岸を削り、鷲の嘴と呼ばれる海に突出した山を形成し、その東側は広い砂浜が入り組んだ丘陵となり入り江を取り囲んでいる。藩では、幕府の命もあり、海岸線に沿って六か所に番所と見張り台を設置して、海防に気を配っているのだが、何せ海岸線が長くて目が届かず、海防は為政者たちの悩みの種であった。

昔の話だが、水と食料を求めて異国船の乗組員が上陸したこともあり、昨年では、坊の入り江に異国の帆船が難破して座礁し、大騒動になったことは記憶にも新しい。見渡す限り砂浜の海岸が続き、風が海の水を砕き飛ばすのか、遠景は霞んでいる。そのなかに(はやて)川河口にある海防番所が小さく見え、霞んだ先にうっすらと海に突きでた坊の岬が横たわっているのが見える。

砂浜を歩く二人に吹き付ける早春の風は肌寒く、頭上の陽ざしを虚しくする。外海で生じたうねりが岸に寄ると、ゆっくりと春めいた音を立てて砕け散る。頬はいつしか塩味にまみれた。

侍の名は和木重太郎、二十歳、身長は五尺八寸と大柄だ。目鼻立ちは眉目秀麗とは言い難いが、鼻筋が通り眼窩はくぼみ気味で、唇を引き結ぶと精悍さが際立つ。だが、いまは心配事があるのか、足元のちょっと先を見ながら、寄せてはすいこまれる波で湿った砂浜を歩いている。

一方の尻端折をして荷を担いでいる男は吉三という。柔和な風貌には、たくさんの修羅場をくぐりぬけてきたことが隠されている。家老である岩淵郭之進のもとで、探索方を担っている諸星玄臣とは乳兄弟で、ともに探索方を務めている。小柄ながら敏捷で、優れた短刀術を使い、卓越したつぶての技を使う。丸くて平らな石を投げるのだが、石は弧を描いて物陰の敵に当てることができた。