花は花として

普通、入学式の後は、咲き誇る桜の花の下でのクラス集合写真だろう。佑子は新一年、組の担任になった。しかし、大磯東高には桜の大樹はない。正面玄関横にかろうじて桜の木があるがこれは八重桜で、開花時期は微妙に遅くなる。撮影場所は担任に任されたので、佑子は少し歩くけれども砂浜にした。

真新しい制服姿の一年生たちは、堤防の上から見下ろす海原の広がりに、目を輝かせるようだ。文字通り、前途洋々。その佑子のクラスに、郷内くんがいた。浜で撮影を終えて、学校に戻る道すがら、郷内くんと歩いた。決して大きな体格ではないけれど、きりりと引き締まった体躯とさわやかな印象の短髪。

「先生、約束は守りますよ。ラグビー部、楽しみです」

「中学では、何やってたんだっけ」

「水泳っす。でもね、対ヒトの競技やってみたくて」

郷内くんは、宗治郎そうじろうという、何だか大時代な、武士のような名前なのだが、本人も言い出したことをブレさせないような律儀な物言いをする子だ。

「郷内くん。でもラグビーは少人数じゃできないの。同級生からの誘いが一番効果があるっていうし、人数増やす努力、しなくちゃね。運動経験なくたって、全然オッケーだから」

「もう二、三人、声かけてます」

それは頼もしい。入れ替わりに浜に撮影に向かうクラスには宮島くんがいた。小田原から来ている、早々にラグビーやりますと言ってきた、ちょっと太めの体型の子。名は体を表すのか、彼の名前はだいというシンプルさ。日常は太い黒ぶちの眼鏡をかけている。

「和泉先生! ごーちゃん!」

ちょっと目にはもっさりした印象なのだが、口を開くと甲高い声で人懐こい。そのギャップが楽しい宮島くんなのだ。

「ダイ! クラスの子にも声かけて、部員増やそうぜ」

郷内くんも、春の日差しの中でまあるい笑顔を浮かべて応える。実は、学校説明会の時にラグビー部に顔を出した三人のうち、最後に残って不安そうに相談をもちかけてきたのも宮島くんだった。中学まで、スポーツらしいことは一切やっていなかった、そんな自分でもできるでしょうか、という、まぁよくある問いなのだが。

「中学の部活は?」

そう問うと、少し恥ずかしそうにうつむくのだった。

「あの、鉄道同好会で」

「先輩にだって、元ブラスバンドとか写真部出身だとか、軽音楽部とかいるよ。関係ないない」

ホッとしたのだろうか。彼はそこから一気に鉄道愛を語った。彼が愛するのは、地元小田原の、箱根登山鉄道と小田急のロマンスカーだということまでは分かったけれど、そこから先のアツい語りは、頻出する専門用語でケムにまかれて、ほとんど理解できなかったのではあるけれど。