おじいさんの手押し車

竹八さんは明るい性格で、おしゃべりが大好き、どんな人ともすぐ親しくなれる。悪意がないので、竹八さんのおしゃべりは相手を和ませてくれた。

町内の広報マン、わからないことは竹八さんに聞け、すぐわかるといわれていて、人の近況から猫の子一匹まで、知らないことはなかった。

孫は所帯を持ち、奥さんは五年前に亡くなっていた。娘や孫たちは生活のために仕事をしている。今どきは昔と違い、若者でも簡単にリストラされ、不景気で正社員になっても給料は安いまま。竹八さんは貧しい農家に生まれ、尋常小学校もまともに通えず、畑仕事に、冬は炭焼きと親の手伝いで子ども時代を過ごした。鍛冶屋に奉公した後、召集され戦争にも行き、戦後も家族を養うため、炭坑やタイヤ工場と過酷な労働に耐えた。

定年を延長してがんばったから年金と軍人恩給はしっかりもらえたが。竹八さんは体を動かすことを、今もいとわない。九十歳を超えてからはさすがに畑仕事はやめたが、家族の食事は今も竹八さんが作っている。

「男子、厨房に入るべからず」

世の亭主族は定年退職しても、家の中でゴロゴロ。縦のものを横にもしない。奥さんが出かけようものならあわてて訊く。

「俺の昼飯はどうするんだ!」

呆れた奥さんにカップラーメンを一個ポンと渡され、まさに粗大ごみと疎まれる。