長寿銭

生きるということは苦行である。この苦しみを誰かに受け止めてもらいたい、が誰にも理解されない。大往生と他人は言うけれど、簡単に往生なんてできない。自分が少しずつ枯れていくのを知りつつ生き続けることは苦行以外の何物でもない。

ミチさんは九十九歳の長寿を全うして、この夏亡くなった。長患いもすることなく、朝ご飯を食べ、少し横になっていて、静かにそのまま逝ってしまった。死ぬのを忘れてしまったかと思えるほど元気な人だったから周りの人はミチさんの長寿をうらやましがっていた。百歳を目前に亡くなったミチさんは「ピンピンコロリ」のお手本のようだと、長寿銭のお祝い袋が用意された。

ミチさんは古寺の内儀で人の出入りが多く、若いころは奥の切り盛りはすべて引き受けてこなしてきた。檀家の管理から、寺の維持、清掃、裏方の仕事は大変だった。幼いころに両親を亡くしたミチさんは泣いて帰る実家もなかった。どんなにつらい思いをしても、泣き言を聞いてくれる身内はいない。姑はできた人だったが、それだけ嫁のしつけは厳しく、ミチさんのやることに褒めの言葉は、ついぞ出なかった。

夫の知念は自分の世界に入り、修行に精を出していたから、家事や世事のことは心に留めなかった。そんな中、ミチさんは一人がんばる癖がつき、喉元まで出そうになった愚痴を吞み込んで生きてきた。そして、自分が姑の享年を越えたとき、たかが外れたようにミチさんは壊れてしまった。息子の嫁が自分にそっくりに映ったのだ。

ミチさんは、ただただ生かされている時間が嫌だった。しかしこれと言って楽しみもない。身体だけは至って健康、しかし寄る年波には勝てず、古希を過ぎ傘寿も過ぎると一日何もせず人形のように座っている。仕事は若い人で充分だし、ミチさんの認知症も進み、任せられることがなくなっていた。

「姥捨て山に連れていけ!」

「放り出してくれ!」

これが晩年のミチさんの罵詈雑言になった。それは自分にそっくりな嫁のハナにぶつけられ、悪態をついた。ミチさんは自分の余命を持て余していた。早くあの世に逝って楽になりたい、長寿を望んではいなかった。結果ここまで生きてしまった。しかし自死する勇気も体力もなく、ハナに当たり甘えていた。それは幼いころ叶わなかった駄々っ子のような甘えで、解決の糸口は見つからない。ミチさんは子どもに返ってしまったのだ。