内緒の会話

仕事だったんだ。H製作の陽子線治療装置をメイヨークリニックがスコッツデールに入れるんで、技術チームにくっついていった。その後面子の入れ替えがあって、ヨハネスブルグのメディクリニックを二か所視た。財団の金を投下して最も効果を上げることができるところを探したいんだ。僕の使い道はダウジングの振り子みたいなものだな。

頭に世界地図を描いて遅ればせに追いかける。

地球を一回りしたから、どこで感染したか、わからない。移動中の可能性も高いが特定しようがない。潜伏期間もよくわかってないから。外務省も把握しきれてない。香港風邪に似ているんだが、劇症なんだ。偶々(たまたま)こっちの体力が落ちていたりすれば餌食になるんだろうね。同行の誰も罹らなかったから不名誉だが、死に至らなかったのは……

そこまで言って黙ってしまった。エアコンの温風が足元を掃いて行った。

長い間隔離された。息ができないから、死ぬぞと思うんだ。すると妙に気が楽になった……人事不省だから、気が付くと……君が見える……背景が白かったり金色だったり……君に逢わずに死ぬ、その死は死神のマントが被さってくるような恐怖だった……

淳が震えるので生方は抱き締めてやる。唇を重ねる。決して開かずに。

「先生のお話はこんなようによくわかるんでした」

「また先生と言った」

淳は躰でくつくつ笑う。こういう暮らしがパラレルワールドで存在しうるなら……

「まだ夜更かしなさってはいけないでしょう」

「……そうだ……もう少し。昼間横になっていた」

こういう内緒の会話が世界中でさざめいている。

「十日町からずっといっしょだったとしても、今夜はこうしていると思う」

「死に損なって再会しても同じことをしている」

「いっしょだったなら僕の妻だった」

「君も僕も変わらないのにな……変わってしまったのかな……」

「……ずっとこうしていたくて、未練がましい。寝るよ。蟄居(ちっきょ)だから風呂はいい加減だ、今日は使わない。君使うといい。いい湯が出る。姉たちが、ほら、この部屋、パジャマも使っていい」

「ねえ、衰弱しちまった。明日、帰る前、いっしょにそこら辺歩いてくれないか」

「姉たちは、介抱を楽しんでいる。子供のころと同じ。恢復しなくていいような気分になる。ああ、こんな具合だ、君といて寝てしまいたくないが、今度こそ、おやすみ」

浴室が清潔過ぎるので、気を付けてシャワーだけ浴びて、丁寧に跡を消して、お姉さんたちの猫可愛がりに和む。リヴィングで生方が待っている。

「飲み物。それ二番目の姉のパジャマだ。色気がない。君は本当に人妻なの?」

もう本当にどこまでが正気なんだか。

「十日町からずうっと、硬い果実のままで、ああ、恋の作法って言ったんだ、この人妻は」

火を噴くくらい赤面した。部屋に逃げ込もうとするのに

「僕の愚かさを嗤っているのさ。おいで。僕のベッドで寝よう」

「試すんだ」

明かりを消して、手を繋いで、淳の動悸が収まらないうちに寝入っている。三人男の夜はどうなったことやら。