はじめに

私たちの身の周りにはさまざまな植物が生育しています。イネやダイズが水田や畑で人の明確な意図によって育てられており、これらの植物は作物と呼ばれています。一方、水田にはイヌビエが、芝生にはスズメノカタビラが、そしてアスファルト道路の隙間にはオオアレチノギクが生育しており、これらの植物は人の意図に反してあるいは人の意図とは無関係に生える植物で雑草と呼ばれています。

それでは雑草は人の為になる良い植物なのでしょうか、それとも望ましくない排除すべき植物なのでしょうか。答えはある時は人の生活に必要不可欠な植物であり、ある時は人の生活にさまざまな害を及ぼす植物といえます。この違いはなぜ生まれてくるのでしょうか。それは雑草が本来的に持っている性質によるものではなく、人の価値観や生活スタイルが時代とともに変わったからです。例えば、クズはかつて薬用や食用として大いに利用されていましたが、今はあちこちで防除の対象になっています。クズの性質が変わったのではなく、管理する人がいなくなったためです。

本書は雑草と人の暮らしとの関わり合い、特に雑草が引き起こすさまざまな問題に焦点を絞った読み物です。とはいえ雑草はとても面白い植物ですし、いきなり雑草害の話に入るのもなんですので、本題に入る前に、雑草の由来や有用性さらには遺伝子組換え作物や除草剤など、雑草に関連する事柄について述べました。そして、本書の核心というべきさまざまな雑草害を農業、中山間地域、社会資本などをキーワードとして紹介し、最後に将来の少子高齢化を見据えた雑草管理の新たな枠組みについて述べました。

農地も道路も河川も放置すると瞬く間に雑草に覆われてしまいます。人工知能、ナノテクノロジー、遺伝子組換え技術など、今の科学技術レベルはもはや人知の域を超えた感すらありますが、その一方で、これだけ科学が発達した現在においても、身の周りにはよく分かっていない事柄がたくさんあります。その一つが雑草です。足元に目を向ければ、都会であろうと田舎であろうと、何かしらの雑草が生えていることに気づくに違いありません。雑草が人にとって良いか悪いかではなく、社会が雑草によって甚大な損害を被っているにもかかわらず、雑草に気づかずにいることそのものが問題といえるのではないでしょうか。

ごくありふれた植物である雑草と社会との関係を考えることは、物事の真相を深く考えることにもつながります。本書は雑草と社会との関わりを知ってもらうための入門書的な読み物です。植物にあまり詳しくない方にも理解してもらえるように、できるだけ平易な説明に心がけました。読者の皆さんが雑草目線から社会を俯瞰するようになれば、これまでとまったく異なる世界が開けてくるはずです。

第一章雑草に関する基礎知識

雑草は人の役に立たないつまらない植物だと思われがちですが、中には社会のさまざまな場面において大切な役割を果たしているものもあります。このことは、雑草の本当の価値や特性を理解するためには、人との関わり合いを通して雑草を多面的に評価しなければならないことを意味しています。ここでは雑草という言葉そのものがいつ頃から使われ始めたのか、雑草にも定義があるのか、雑草の起源はどんな植物なのか、さらには雑草にはどのような有用性があるのかといった雑草に関する基礎的な事柄について説明します。