幼なじみのひろちゃんは、私より2歳下の、妻木家の長女でした。妻木家は、私の家のすぐ近くにありました。煕子を意識しはじめたのは、おままごとを始めた頃にさかのぼります。その頃から煕子は、

「彦ちゃんのお嫁さんになる」とよく言っていました。私が煕子を好きだと思ったのは、あの事件、田島真之介に待ち伏せされボコボコにされた事件の際、一生懸命に葉っぱで看病してくれた時からです。あまり美人ではなかったのですが、可愛らしい顔立ちでふっくらしていました。性格はきつめでした。しかし、気の弱い私は、煕子からの指示・命令を心地よく感じていました。

道で会っても話をしなくなって数年たったある日、怖い顔をした煕子が突然、私の家にやって来るなり、

「彦ちゃん、田島の家から縁談が来た。相手は真之介という人だ」

と、突然話を始めました。

「真之介は、ろくな奴じゃないけど、田島家は今や美濃では飛ぶ鳥を落とす勢いだ。貧乏な明智家と比較すると雲泥の差がある。贅沢もできるし、いい話じゃないか」

私は、青くなった顔を隠すように下を向いて、震えながら話しました。

「あんな“うんこたれ”嫌い。彦ちゃんをいじめていた人でしょ。煕子は、彦ちゃんじゃないと駄目なの。煕子と結婚してください」

突然、結婚と言われ戸惑い、嬉しく思いました。しかし、私の口から出た言葉は真逆でした。

「私は、弱くて疑い深く狡猾な人間だ、自分でもこの性格が大っ嫌いだ、こんな人間を選んで本当に良いのか? やめた方が良い」

「そこが良いの」

熙子が言います。しかし、小さい声で、

「少し、考えさせてくれないか」と私は答えました。

「意気地無し、うんこたれと結婚しちゃうから」

と言いながら煕子は、とぼとぼと帰って行きました。私は、何かとてつもなく大きな物を失った気持ちでした。煕子に恋していると気づいた瞬間でもありました。

母親からも「煕子さんに縁談があるそうよ。田島家らしいわよ。あなたはそれで良いの」と言われました。しかし、煕子へ何か言う勇気もなく、ただ悶々と時を過ごしていました。