密約美濃からの脱出

家族は、越前にある私の母方の親戚である竹田家に預けました。

本当は、煕子たちと一緒にいたかったけど、道三様に言われた通り、実際に自分の目でその土地を調べるため、一人諸国放浪の旅に出ました。お金が続く限り有力な大名を回る予定でした。

最初は、京都、次に淡路島・阿波の三好、途中に美濃と関係がある土佐の長宗我部、四国の毛利、九州の大内氏あたりの様子を見ることにしました。

その後、東国へ今川、北条、上杉、武田氏に行くことを目論みました。目的は、有力な大名への再就職活動です。予定は3年以内に就職して家族を呼び寄せることです。

「ふぅー自由で気分が爽快だ! さあ、再就職先を見つけるために頑張るぞ!」

まだ、旅が始まったばかりだったので、期待と解放感でいっぱいでした。まず京都へ向かうため、琵琶湖を船で渡りました。戦乱の世とはいえ、日本の都なので、人で溢れかえっていました。

京都へは以前に堺へ行く途中で寄ったことがあります。今回は、事前に将軍家の採用事務方へ手紙を出しておいたので、京都に着いてすぐに将軍家居城(二条城)に向かいました。

当時、将軍家は、三好衆や六角氏らと入り乱れた争いを行っており、面接などとても無理かなと思っておりました。二条城に着き、

「明智光秀と申します。以前、仕官のお願いのために手紙を出しておいた者です」

と申し入れしました。

「少しお待ちください」

と言われ、門の前に立っていると予想に反し、

「どうぞこちらへ」

と城の中の八畳間程の部屋に通されました。少し待っていると、身分の高そうな侍が現れ、

「お待たせ致しました。以前頂いた手紙は、拝見しております。わざわざ、ご足労頂き痛みいります。私は、将軍家に仕えております細川藤孝と申します」

「こちらこそ、このような機会を頂き大変にありがとうございます」

「道三様は残念なことをしました。私は、美濃の道三様には密かに期待しておりました。上洛して頂き、三好など蹴散らしてほしかった。また、将軍家の後ろ盾になってほしかった」他にも、細川藤孝様からその当時の将軍家の現状、義輝様は、将軍親政を目指していること、しかし三好や松永などの傀儡政権になってしまっているため何とかしたいなど、熱く語って頂きました。「ところで、今日は、仕官の件で来て頂いたのですよね」

「はい、私の理想は、足利将軍家を中心とした秩序ある国を再構築することです。手紙にも書いた通り、明智家は源姓土岐氏の一族です。義輝様とも遠い親戚になるかと思います。是非、将軍家に協力したいと思い仕官のお願いに参りました」

「私も明智殿から手紙を頂き、その人物を期待しておりました。お目にかかって、そのお人柄、家柄、能力等期待通りの方でした。ご一緒に、将軍家を盛り立てていってくれませんか」

(二次面接に進めるか? 二次面接は将軍様かもしれません? 緊張してきました)

「しかし、今の将軍家の財政は、全て三好が握っています。将軍家が、新たに直接人を雇う金銭的余裕がないのです」

「そうですか。残念ですが、お話はよく分かりました(ガックリです、話がうま過ぎると思いました)。お時間頂きありがとうございました」

と席を立ちかけました。

「少しお待ちください、明智殿の将軍家に対する熱い思いは理解しました。そこで、仕官に関して私から二つご提案があるのですが」

「はい、どのようなご提案でしょうか?」