数カ月して、煕子から、結婚の話は忘れてくれとの手紙をもらいました。煕子は、疱瘡(ほうそう)、今でいう天然痘になり、治りはしたものの、顔に痕が残ってしまった、とのことでした。私はすぐに妻木家に行きました。対応に出た煕子の母に、

「煕子さんに会わせてください」とお願いしました。

「煕子は『醜い姿になってしまったので、もう誰とも会いたくない』と言っています。今はどうか、煕子をそっとしておいてあげてください」

「顔かたちは関係ありません、私もでこっぱちで頭でっかちです。私は、煕子さんのふっくらぽっちゃりしている所が好きです。煕子さんの重い荷物を持ち歩く姿が好きです。待ち合わせ時間に遅れそうな時の走って来る姿が好きです。ある日垣間見たお酒をクィクィと飲む姿がたまらなく好きです(でも次の日、二日酔いになることが多かったようですね)。小さい頃から私のつまらない話をよく聞いてくれる所が好きでした。なによりきつい性格と暖かい心根が好きです。是非、煕子さんと結婚させてください」

「え! 結婚ですか? ちょっと待ってください。急に」と煕子の母は絶句していましたが、

「主人と煕子に相談するので、今日は帰ってください」と言われました。

今度は、私がとぼとぼと帰りました。私の母にも妻木家に煕子との結婚を申し入れたことを伝えました。母からは「そうなると思っていました」と言われました。

数日後、私は、妻木家に呼ばれ、母親と一緒に伺いました。煕子のお父上とお母上からは、

「煕子との結婚を受け入れます。あなたの言葉を伝えると、あの子は泣きながら喜んでいました。そんな姿を見ると親として反対なんかできません」との話がありました。その席では煕子も呼ばれ、顔に痘痕(あばた)は残っていましたが目立たず、何やらほっそりし以前より美しくなっていました。

結婚は、私が19歳、煕子が17歳の時だったと思います。決まってから結婚までの期間、私は既に道三様に仕えており、煕子とはあまり会えませんでした。しかし、いろいろなことを話しました。逢い引きの場所・時間は、いつも煕子が指定してきました。

ある日のこと馬小屋の横で、二人並んで座り、お酒を少し飲みながら空を見上げながら話をしていました。煕子は美味しいお弁当も用意してくれていました。風はなく、満月で星があまり見えない夜でした。干し草と汗と甘酸っぱい匂いを記憶しています。

「坊主に酷い目に遭わされたので、いつか必ず復讐するんだ」と私が言うと、

「そう、頑張れ、煕子は、世の中の人全てが敵になったとしても、いつも彦ちゃん、あなたの味方よ」

と賛成してくれました。

「彦ちゃん、あなたの夢を教えて?」

「強くなりたい、道三様のように強くなりたいよ」

「強くならなくて良いよ、あなたは優しいままでいて」

「自分は弱くてのろまだから、強くならないと、大事な人を守れない。だから頭を使うんだ、相手がどのような行動に出てくるか、あらかじめ考えておくんだ。道三様からもお前の良さは、人の心を読むことができることだと言われたことがある」

「素敵ね。あなたらしいわね。道三様は、よくあなたのことを見ているわね」

「じゃ、煕子さんの夢を教えてください」

「うーん、二つあるの。子供の頃からの夢は、もうすぐ叶うわ、もう一つは一国一城の大名の奥方になることです、あなたは優しいから頑張んなくていいわよ」

「一つ目は分かるけど、二つ目はどういう意味? 私が大名になれなかった場合は、誰かに乗り換えるということ?」

「うふ、内緒よ」

「でも、煕子さんのために一生懸命に生きます、一生懸命に仕事をします。性格も変えるように努力します」と約束しました。煕子も目に涙をためて喜んでくれました。

※本記事は、2021年5月刊行の書籍『弑逆者からのラブレター 「本能寺の変」異聞:明智光秀と煕子』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。