荒ぶる魂が世界を変える

私は医療従事者としてクリニックを経営し、精神科医として日々患者さんたちを診ています。「医療」の枠組みの内側で仕事をしている私がこんなことを言っては元も子もないかもしれませんが、現在「こころの病」とされているもののいくつかには、あえて「病気」としなくてもいいのではないかと思うものもあります。

病気というのは、どこかが痛んだり膿んだりして、そのままにしているとどんどん悪化して健康を害してしまうものです。その意味では、依存症などはある一線を越えたところから病気と判断すべきかもしれませんが、たとえばADHD(注意欠陥多動性障害)やアスペルガー症候群、統合失調症などは「病気」ではなく「個性」ととらえてもいいのではないでしょうか。

先に、私は「こころの病かそうでないかの最大のわかれ目は社会生活が支障なく送れているか、いないか」であると述べました。つまり、社会がそれを正常の範囲内に受け入れれば「個性」であり、受け入れなければ「病気」とされるのです。

事実、歴史上にはいまの定義でいう「こころの病」でありながら、偉大な功績をあげた人物がたくさんいます。

たとえば、万有引力の法則を発見したアイザック・ニュートン(1643〜1727)は、壮年期にうつ症状や被害妄想を見るなど精神錯乱状態に陥り、2年ちかくもひきこもりの生活を送っていたといいます。現代であればまちがいなく「統合失調症」の診断を受けたことでしょう。

夏目漱石(1867〜1916)も、精神障害に悩まされた天才の一人でした。人生において3度も「神経衰弱」の診断を受けました。神経衰弱という病名はいまはあまり使われませんが、幻聴幻覚・被害妄想もあったといいますから、現在なら「躁うつ病」か「統合失調症」と診断されると思います。

相対性理論のアルベルト・アインシュタイン(1879〜1955)は、3歳を過ぎても言葉を発さず、両親を心配させました(9歳になるまで自由にしゃべれなかったともいわれる)。また、ディスレクシア(読字障害)の兆候も見られ、大人になってからも簡単なスペルを幾度も間違えていたそうです。いま、精神科を受診すれば「発達障害」とか「アスペルガー症候群」といった病名が宣告されるでしょう。

最近では、アップルの創業者スティーブ・ジョブズ(1955〜2011)が、ADHD(注意欠陥多動性障害)であっただろうとされています。医師が診察してそのような診断が下ったと公表されているわけではありませんが、数々のエピソード(自分の離職中に発売されたコンピュータを窓から投げ捨てたとか、たまたまエレベータで居合わせて自分の質問に即答できなかった社員をいきなりクビにしたなど)から判断するに、おそらくそうであったのでしょう。

「天才」と呼ばれた学者や芸術家、あるいは世界を変えるような功績を残した思想家や政治家がたぐいまれなる才能を発揮する一方で、こころの病(医師の診断があったかないかは別として)を抱えていた例は、枚挙にいとまがありません。あるいは、存命中の人物をここで挙げるのは適当ではないと思うので控えますが、精神科医として行動や言動を見るに「この人は、間違いなく〇〇であろうなあ」と思われる政治家(党首クラスの人物です)や有名人もたくさんいます。

周囲の人たちは、そうした症状(あるいは強烈すぎる個性)に振り回され、大変な思いをしていると思います。奇行やトラブルも数しれずあるでしょう。それでも才能が症状を圧倒し、社会は彼らを「病人」としてはあつかっていません。

もし、社会が「ふつうじゃないから」という理由で彼らを精神病院に閉じ込め、強い薬を与えつづけていたら、学術的な発見発明や人の心を揺るがすような作品は生まれていなかったに違いありません。

ときに世界は「きちがい」「変わり者」と言われた人たちの荒ぶる魂によって変革してきたのだという事実を、私たちは忘れるべきではないでしょう。そして「ふつう」の枠組みはその時々の社会や時代の空気によって“なんとなく”決まっているのだということも、知っておいていただきたいのです。

※本記事は、2017年10月刊行の書籍『ヒューマンファーストのこころの治療』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。