性欲のゆがんだ男たち

過度なストレスがかかり精神が耐えきれなくなると、人のこころは無意識のうちにこころの逃げ道を探します。それが「うつ病」の症状になって出てくることもあれば、「依存症」の症状になって出てくることもある。たとえば、高度成長期には逃げ道が「お酒」に求められることがほとんどでした。「それしかなかった」といったほうが、適当かもしれません。

ところがいまは嗜好が多様化したせいで、依存症の対象もさまざまです。アルコール依存症はいまなお多数を占めますが、覚せい剤や危険ドラッグのまん延も深刻です。体内に取り込む「もの」依存だけでなく、恋愛や虐待(暴力)など「関係」に依存するもの、過食・拒食やギャンブルや仕事など「行為」に依存する症状もあります。

「行為」依存の1つに「性依存」があります。痴漢、盗撮、のぞき、下着泥棒、風俗通い、強姦、サイバーセックス、露出、小児性愛(ロリコン)等々。不思議なことに同じ性依存でも、痴漢をする者はのぞきや強姦には興味を示しません。生身の女性よりも、女性が身につけているモノに異常な興奮を示す者もいます。こうした傾向を見ると、異性に対する興味や関心というよりも、行為そのものへの執着が強いようです。

34歳の元システムエンジニアの男性は、痴漢行為がやめられず、5度も逮捕されました。きっかけは、高校1年生のとき。たまたま混雑した電車内で、手にもっていたノートの針金が女子高生のスカートにひっかかってしまったことだといいます。女性のお尻に手が触れた瞬間、こころの奥底に隠れていた性的嗜好のスイッチが入ってしまいました。

帰宅してネットでアダルトサイトにアクセスすれば「痴漢もの」「女子高生もの」などいくらでも視聴できます。そこで止まっていればよかったのですが、いったん火がついた性的欲求はそう簡単にはしずまりません。妄想はどんどん過激になっていき、ついに自分で体験したいという欲望が抑えきれなくなってしまったのです。

それ以来、満員電車に乗るとそのときの興奮を思い出し、痴漢行為をするようになります。最初は女子高生を見つけては近くに立ち、電車の揺れによる偶然をよそおって自分の体を押し付ける程度だったといいます。しかし、だんだんとそれでは満足できなくなり、行為がエスカレートしていきます。

大学1年のときに初めて逮捕され、罰金20万円を払って釈放されました。このときは大学には知らされず、退学にもならずにすみました。それでしばらくはがまんしたのですが半年後には再開し、大学4年のときに2度目の逮捕(罰金40万円で釈放)。3度目の逮捕はその3カ月後、有罪判決をうけるも執行猶予がついて釈放。4度目の逮捕は2年後で、ついに実刑判決が出て6カ月間服役しました。

彼はこの間に就職をしていますし、服役後には結婚もしました(痴漢行為のことは隠していました)。夫婦のセックスもあって落ち着けるかと思ったものの、3年ほどしてまた痴漢行為をはじめてしまいます。当クリニックにやってきたのは、5度目の逮捕で裁判を受けている最中です。カウンセリングをしましたが、罪悪感など微塵も感じておらず、痴漢行為はストレス解消の手段、あるいはゲーム感覚であったといいます。

これが性依存の1つの現実です。なぜ、こうした歪んだ性癖をもつ男たち(女性はほとんどいません)が増えてしまったのでしょうか?

1つには、性の情報が氾濫している現実があげられます。いまどきのネットにはアダルト映像がいくらでもあり、いつでも簡単に視聴できます。しかも、その内容はどんどん過激になるばかり。それらは本物っぽく演出されてはいても、しょせんは「つくりもの」に過ぎません。しかし、そうしたサイトに入り浸っていると、虚構と現実の区別がつかなくなってしまうのです。

現実の世界では好きな女性に告白して手を握るだけでも、ドキドキしたり落ち込んだり、いくつもの苦労や心労を重ねるものです。それがまた恋愛の楽しさでもあるのですが、人間関係の希薄な社会に育ち他者とのコミュニケーションが苦手な若者たちは、そうしたステップを「面倒くさい」と敬遠してしまいます。部屋にこもってアダルトビデオを見ていたほうがはるかに簡単だし、彼らの望む欲求も満たされます。

かくして、巷には現実の女性に関心を抱かない草食系男子が増えたのです。しかし、羊の皮はかぶっていても、その頭のなかは過激な妄想がぱんぱんにつまっています。そうしてなにかのきっかけで現実と虚構の壁が崩れてしまったとき、歯止めの利かない性犯罪におよんでしまうのではないでしょうか。

※本記事は、2017年10月刊行の書籍『ヒューマンファーストのこころの治療』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。