今は6年生としてポリクリ、すなわち学生の病院実習で各科を回っている。この間、出会ったとき、今は精神科で担当患者さんがさかんに〝壁に人影が映る〟と言う、と軽く笑っていた。ただ、時々出会うというだけで、連絡先までは聞いていない。もう一人土田先生という外科の、いかにも頭の切れそうな、その割に気さくなドクターが、中村さんつながりの知り合いだ。暇なときはいろいろ教えてくれる。この解剖学実習の前に会った時、この正統解剖は二度と経験できないので、しっかり実習するようにとアドバイスをもらった。

7階の外科病棟へ行くと、運が良ければ土田先生がナースセンターにいて会えるが、いないことが多い。どうしても必要な時は、看護師さんに呼んでもらうが、たいていは散歩がてらの挨拶だけなので、会えないまま帰る。

次に、内腹斜筋(解剖学白線)に移る。外腹斜筋の、浅鼠径輪、つまり太ももの内側あたりの裂け目の、脚間線維を切断し上外側へと切り開いてゆく。すると、第8肋骨と第9肋骨とから起こる筋束に分離できるという。その隙間の下に内腹斜筋が見える。そして、左右に分けた外腹斜筋の下に指を入れて持ち上げ、それぞれまず筋に切れ目を入れ、同様に次々と残りの外腹斜筋を切断し広げてめくりかえすと、服を脱がすようにして内腹斜筋の全体が現れてくる。

筋線維の方向が内・外腹斜筋では互いにほぼ直交していた。起始と停止を確認し、下縁の腱膜が男性なら精索、女性では子宮円索のまわりをアーチ状に取り巻いている事を確認した後、内腹斜筋を切断する。すなわち、やや上方の適当な所で筋束を二つに分け、指などを下に入れて筋層を浮かせ、下方の腹横筋を確かめて傷つけないように気をつけて、ほぼ垂直に内腹斜筋を切断するのだ。そして、内側へめくり返す。

内腹斜筋を余さず切断し、十分にめくりかえすと*腹横筋があらわれる。まるで腹巻きのようだ、もっとも臍を挟んで中央に、垂直に*腹直筋が並んではいるが。とはいえ、この腹直筋は最初はそのままでは見えない。保存遺体では雲母のように怪しく白色に光る腱膜の重なり、腹直筋鞘にくるまれているからだ。

その中央は上下に、特に白さの際立つ線状に見え、白線、Linea alba と呼ばれるのだった。腹直筋鞘は、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋の各腱がおおむね3枚重なって出来ているといえる。初めて観察したとき、何か人間のものとは思えないような、無機的な、不自然な質感を持っていると思ったが、その印象は今も新鮮で変わらない。ただ、白線では臍の周りは空白になっていて、臍輪さいりんというくぼみにへそがある。