湿ったビーフジャーキーのような筋肉。脂肪組織からにじみ出る油がゴム手袋についたままテキストに触れると、紙に滲んで半透明にさせ、その染みはとれない。手袋を長く装着するので、手の皮がふやける。もう僕たちはそんな事には慣れてしまった。

実習が終わったら、すぐ食事もできるし、焼肉さえ大丈夫だ。許されるなら、実習の途中、ライヘの傍らで弁当を食したり、或いは、気分転換に飴をなめることも可能だろう。

先日、夢を見た。何かの筆記試験なのだが、全く答えられずパニックになりそうなところで眼が覚めた。解剖学実習の試験の予知夢でなければいいが。いや、試験はほかに幾らでもある。今でも、解剖学実習以外に、生理学、発生学、組織学、生化学の授業があり、当然学期末には厳しい試験がある。講座、教授の方針によって異なるが、ふつう中間試験もある。追試もある。追追試というのも、存在するという噂だ。

僕は時々、鬱屈すると、病棟まで出かけて、散歩がてら内部見学することにしていた。

病棟というのは、普段自分たちが過ごす講義棟や研究棟の隣にそびえる、いわゆる大学病院のことだ。そこの1階には売店やレストラン、花屋に理髪店、郵便局などもあって、研究室や講義室が並ぶだけの殺風景な講義棟、研究棟に比べて華やいだ雰囲気がある。行き交うのは、患者さんやお見舞いに来た人に混じって、ドクター、研修医、そして実習中の学生だ。

なかには売店の人とか、納入業者、薬局関係の人もいるだろう。白衣を着たドクターやナースが颯爽と行きかう姿を見かけると、自分の将来の姿を重ねて、やる気を奮い起こすのだった。

ときには、高校の先輩、そのまた先輩や知り合いに出会って、食堂や売店で何かおごってもらったり教えてもらうこともできた。そんな数少ない高校の先輩に中村さんがいた。少し小太りで、眼の優しい人だ。髪がちぢれている。