美代子は特に読みたい本はなかったので広い書店の中を一通り目を通しながらゆっくりとした歩調で歩いた。よく耳にするが本屋さんで万引きする人が多く、街中の個人書店経営者は採算が合わなくなりお店を閉鎖するらしい。

一体誰が万引きするのか、顔が見てみたいものだ。と心の中でぶつぶつ言いながら約二十分位時間をつぶした。特に何も本を買う予定が無かったけど、書店を出る時、心の中でご苦労さんと言いながら店員さんがいるレジの方を見て少し目を閉じた。

ビルの地下に下りると飲食店街があり、外から内部を眺めるとかなり空席があるのが見て取れた。とんかつ専門店の前で足が止まった。店内からする油の匂いと豚肉の甘い香りに招かれている気がして自然に吸い込まれるようにして店内に入った。

「いらっしゃいませ」という女店員さんの案内でテーブル席に着いた。

すぐにビニール袋に入ったおしぼりとお水が配膳された。メニューを見て「ロースかつ定食」を躊躇なくオーダーした。普段は昼ご飯の時は他の何人かの女子社員と一緒するのが通例だが、こうして一人で昼食を食べるのは久しぶりだった。

出来立てのロースかつが運ばれてきた。早速揚げたての表面がパリッとした一切れを口にした、脂身の甘い香りが口の中ではじけた。家庭では出せない味だ。

以前は一人でレストランや食堂に入ることに抵抗があったが年のせいで最近は遠慮とか恥ずかしさとかいう言葉が縁遠くなってしまった。

美代子は大柄で身長が一六八センチあり、目が大きいので目立つことは自負している。多分中学生の時バスケをやったおかげで身長が更に伸びたようだ。

時計を見ると午後一時前になっていた。これから訪問する会社まではそんなに時間がかからない。

アポの時間から逆算して丁度いいタイミングでお店を出ることにした。