迷いながら揺れ動く女のこころ

テレビドラマに見る、子供のいる家庭で、笑い声や子供たちの言い争う言葉の嵐の中での生活を望んでいたわけではないが、山形家のような大人三人だけの殺風景な生活に何か物足りなさを感じて、自分が結婚生活を描いたキャンバスは何だったのだろうかと、いかにもあいまいな思考で今の道を選んだことを、振り返ってみることがある。

元スポーツマンらしく、主人は障害者となってしまった自分が社会の邪魔者ではないのかと、じめじめした思いを吹っ切って前向きに生きようとしている。

子供がいる生活を初めから望んでいたわけじゃないけど、夫婦間に隙間があるようでならない。主人は下半身の自由が利かないことが災いして、男性としての性欲もその時からなくしていた。

美代子は、もし、結婚した後に何らかの事故で障害を持ってしまったなら、夫婦の思いも違ったものになっていたかもしれないと、考えることもあった。

多分、その時は結婚当時の愛情が残っていたから、障害者になっても愛情が下支えになっているから、簡単には崩れないのかも、と仮定空間を思い描くこともある。

読みかけの本を見開いたまま、デスクに裏返しに伏せて考え事をしていた時、風呂場の方角でガタンという物音がした。きっと主人が入浴しているのだろう、と思いながら体の向きを少し変えた。耳だけは一つ部屋を隔てた風呂場の方に指向性アンテナを立てていた。

美月さんの甲高い声がお風呂場の湿度の中で、こもったような音声に聞こえたが、何を話しているのかまでは聞き取れなかった。別に深入りして、聞き耳を立てることもないと美代子は分かっているが、先日の深夜の主人の部屋での出来事があったばかりだったから、ほんの少しばかり気持ちに揺らぎがあったのかもしれない。

これまでは美代子は美月さんの入浴介助の時間帯に特に意識もまた関心も寄せていなかった。この前の事があってから少しだけ覗き見的な興味が働いたのも女の性なのかもしれない。

いつも主人の入浴介助は出てくるまで三十分位で、熱めの湯が好きで湯船にはそう長くは浸かっていないそうだ。美月さんは長年やっているので、動作も機敏で重い悠真の体もひょいと簡単に移動させる、流石ベテランの仕業だ。