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ささやかなお祝い

ある日の午後、美代子は事務所のデスクに置いた携帯のLEDランプが点滅しているのに気が付いた。メッセージアプリを開くと花帆からのメッセージが入っていた。

全文を開いたら「次の土曜日、都合よければ加藤結衣さんを誘ってお茶しませんか、時間は美代子が決めてもOKよ」最後に意味不明の記号が並んでいた。意味不明なので今度会った時に花帆に聞くことにした。そしてすぐに返信をした。

「了解しました、今晩家に帰ってから結衣に都合聞いてみます」美代子も負けじとにっこりマークの絵文字を付けた。

ぞろ目の三十三歳はきっといいことがありそうな気がすると自分に言い聞かせながら、職場ではベテランの域に達してきたので最近、マネージャーの大役を仰せつかった。でもこのままずーっと独身で仕事に懸けるとは思っていない。母も彼との一件があって以来、何かと勇気づけに気を使ってくれているのが空気で分かる。母も呉服店を誰かに継がせなければとは考えていないようだ。昨今、若い人の着物離れが急で着物はすでに冠婚葬祭の儀式に着用するものになってしまい、二人いる娘たちには別の道を歩んでもらいたいと考えているようだ。

その晩、食事時間が過ぎた頃を見計らって結衣に電話した。丁度電話口に結衣が出て「中島です」と昔と変わらないかわいい声がした、彼女は結婚して加藤結衣から中島結衣になっていたのだ。一瞬、間をおいて美代子は「ご無沙汰です。お元気ですか」と第一声、結衣はびっくりしたように、

「なんだ美代子じゃないどうしたのこんな時間に」

「今いいかしら、御主人おられるの?」

「いや、今日は遅いみたいで、子供はすでに寝かせたから大丈夫」

「じゃあ、安心したわ、もし御主人が電話口に出られると何と挨拶していいか、そんなの苦手だから」

「最近携帯電話をみんなが持っているせいか、電話で生の声を聴くことが少なくなったよ。たまに固定電話のベルが鳴り、出てみると、売り込みや保険の勧誘そして住宅のリフォーム会社の宣伝ね、我が家なんかマンションだからリフォーム会社からの電話で屋根の補修や、外装塗装の話なんか関係ないからちゃんと事前に住まいの現状を調べてから電話しろよと言いたい。ごめんね何の話だった?」