ホースディアーだけのチケット

午後五時半。佑が車で帰宅した。エンジン音でわかった里奈は車から降りる佑の表情を窓から見て確信した。

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「ただいま~」

「お帰りなさい」

佑は里奈には暗い表情を見せないようにしていた。

「明日はお弁当はなしでいい?」

「わかった。会社の社内弁当で済ませるよ」

「晩ご飯は作ってあるわ。ちょっと私、用事が出来たから今から友達のところへ行くわね」

「なんかあったのか?」

「うん。でも、様子見に行って来るだけだから」

「わかった。こっちは自分であっためて食べるからさ、帰りはゆっくりでいいよ」

何を二人で芝居しているんだろう? 里奈は行く当てもなく車を走らせ、結局佑がリストラされた会社の付近で車を止めた。

「まあ、太田さんじゃ話にならないわ」

「そうよね、根本さんの仕事の一部を太田さんが引き継いで、パニックになっているようだけど、パソコンもろくに扱えないでしょ、太田さんは」

「うん。そもそも根本さんがリストラされて太田さんが会社に残ること自体おかしいのよ。リストラ候補は太田さんが最有力だったのよ」

「あれはね、どうも太田さんの奥さんが課長にきつくいって根本さんがリストラされるように頼んだみたいだわ」

「えっ? 美人で仕事の出来たっていう奥さん?」

「そう、うちの会社にいた人で、根本さんのことが好きだった早紀さんて人よ」

「振られちゃったんだ、その腹いせに?」

「もう何十年も前の話だから、今更腹いせってことはないと思うわ。奥さんを選んだのは、根本さんの性格を考えればなんかわかるわ。美人で頭がよくて仕事が出来て完璧な人より、ブスで鈍くさくてかわいそうな人の方がボランティアのしがいがあるってもんでしょ?」

「そうか。それじゃあ、奥さんは根本さんに慰められたり励まされたりって調子よね」

「きっとそうよ」

「優しいのね。でも、根本さんらしいわ」

確かに里奈はOL時代から佑に慰められたり励まされたりしていた。しかし、〝ボランティア〟とは失礼な話だ。里奈だって人が困っているときに助けていたのにどうして人からの評価は低いのだろう。それより何よりやはり佑はリストラされていたのだ。しかもその原因は早紀の仕業?