九年前の消印

「でも、これ、こちらの住所ではないんですか?」

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「あ、これは」

橘子は紙を手にとって、それがまったくおもいもよらぬものだったので、おもわず声が出た。棟方さんが差し出してきた紙切れは絵葉書(えはがき)の宛名面の拡大コピーだった。

そこには檍原清躬様という宛名とともに、橘子の家の隣の番地の住所─数年前まで清躬がおかあさんと一緒にくらしていた家の住所が書かれていた。

かれは小学校五年生の途中でここに引っ越してきて、六年生の夏休みが終わる頃に出て行った。おない歳で、とても仲の良い友達だった。短い間だったが、橘子には一番楽しくかけがえのないひとときだった。

差出人は、小鳥井和華子とある。小鳥井和華子さん──なんてなつかしいお名前。とても美しく整った筆跡が、本当に感動するほどにきれいだった和華子さんのことを想い出させる。

「えっ、どうかしました?」

「どうしてこれをあなたが?」

「清躬さんが持っていらした絵葉書をコピーしたんです」

棟方さんはちょっと場都合(バツ)がわるそうに小声で言った。答えとしては不充分だったが、それ以上訊(き)き糺(ただ)す動機はまだ橘子にもなかった。

切手の消印の日付は、と見ると、九年前の八月になっていた。小学校六年生の時だ。ぎりぎり清躬が引っ越す前のタイミングだ。

こんなに昔のものをとおもいながら、橘子はなつかしさに浸った。宛名の欄の下には和華子さんが書いた文章があるはずだ(そこはコピーされていなかった)。橘子もおなじような絵葉書を和華子さんから貰(もら)った。

橘子は確認すると、そのまま相手にかえした。

「消印が九年前ですよ」

「そうですね」

棟方さんはあっさり返答した。そして、かばんを開けて、紙を戻した。

「棟方さんとおっしゃいました?」

「ええ」

「あの、すみませんけど、あなたこそ清躬くんとどういう御関係?」

今度は、橘子から「関係」をきく。

「それはあのー、あの、」

「清躬くんの戀人(こいびと)?」