謎が謎を呼ぶ、長編ファンタジー小説、前編。
就職を機に上京した橘子は良き先輩社員に恵まれ、
消息不明だった幼馴染・清躬との再会も果たす。
一方、清躬の戀人・紀理子は忽然と姿を消す。
そして、橘子も謎の屋敷の者たちによって危機に陥る。
「希望は蜘蛛の糸に過ぎない」と言われた橘子だったが――
清躬さんは、きっと誰より優しいひとです。
しかし、今度は二人の間の関係に焦点を当ててみると、今の棟方さんの言動から考えて、戀人の間柄と素直に言いきれないような、なかなか難しそうな事情が二人にはあるようだった。
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その難しい事情の原因をつくって今のかの女を困惑させているのが清躬の所為(せい)だとしたら、人間的な面で昔とかわってしまったのかもしれない。見かけの印象がかわらなくても、内面的なものがすっかりかわっているとしたら、そのほうが残念だ。
だって、昔の清躬は本当に素直で優しく温かい子だった。
好きなひとにこういう複雑なおもいをさせるはずはないのだった。勿論(もちろん)、原因はもっとほかのことにあるのかもしれないから、あまり勝手な想像はいけないけれども、いずれにしても、清躬が今どうなっているのか、橘子にも非常に気にかかってくる。
「ちょっときいていいですか?」
話に整理をつけるために、橘子からきりだした。
「はい?」
顔を逸らせていた棟方さんが元になおって、橘子のほうを見た。
「あの、その前に言っておきますと、さっき見せていただいた紙に書いてあった住所の番地は私の家の隣です」
「隣?」
「ええ。つまりね、清躬くんは昔、私の家の隣に住んでいて、」
そこで橘子は手で隣の方向を示した。
「それがそこの住所なの」
「え、じゃあ、私、家をまちがえて─」
「ええ。でも、今から隣に行っても意味ありませんよ。だって、清躬くんのおうちはとっくに引っ越しされてるんですから。小学校六年の時だから、もう十年近く経ちます」
【相生 上 登場人物】
檍原橘子 20歳。地方の短大を出て就職で上京。
檍原清躬 20歳。橘子の幼馴染。特殊な絵の才能の持ち主。
清躬の父
清躬の母
棟方紀理子 20歳。大学生。清躬の戀こい人びとだが、別離した。
津島さん棟方家のメイド。
小鳥井和華子 橘子、清躬の小学校時代の憬あこがれのおねえさん。
和歌木先生 清躬の小学校四年生の時の担任の先生。
杵島紗依里 一時期、清躬の親がわりとなった女性。
鳥上海祢子 橘子の職場の先輩(教育指導係)。
緋之川鐵仁 橘子の職場の先輩。
松柏さん 緋之川の戀人。
寮監さん夫妻 橘子の住む寮の管理人夫妻。
会社の健康管理室の看護師
小稲羽鳴海(ナルちゃん)9歳。清躬となかよしの利発な子。
小稲羽梓紗 鳴海の母。同居はしていないが、神麗守の母でもある。
和邇青年の想い人 梓紗の母。和邇の青年時代に戀い憬れたひと。
神麗守(小稲羽神陽農) 15歳。和邇家で養育されている。
紅麗緒 15歳。神麗守と一緒にくらしている。
和邇のおじさん 資産家。東京に大きな屋敷を構えている。
根雨詩真音(ネマ) 20歳。大学生。彪のグループメンバー。詩真音の母和邇家の家政を担当。
隠綺梛藝佐 23歳。和邇家で、神麗守、紅麗緒の養育を担当。梛藝佐の姉医大を出て、病院勤務。和邇家の主治医。
和多のおじさん、おばさん 和邇の元部下。建設会社などを経営。
楠石のおじさん、おばさん 和邇家の車まわりや庭の手入れを担当。
稲倉のおじさん、おばさん 和邇家の賄を担当。
香納美(ノカ) 20歳。稲倉夫妻の子。大学生。彪のグループメンバー。
柘植くん 香納美の戀人。彪のグループメンバー。
神上彪 詩真音から「にいさん」と呼ばれている。
桁木紡羽 彪のグループメンバー。伝説の武道家の娘。
烏栖埜美箏 彪のグループメンバー。扮装の名人。