何らかの判断基準によって「共有やすり合わせが必要だと考えた」からであろう。つまり目的があるからである。ここで強調したい大事な概念は「Need to know(知っておく必要がある)」である。本来あってほしい姿である。

なぜ上層部と状況の共有が大事だと思うのだろうか。「自分は聞いていない」と後で言われたくないとか、「自分だけメールのCCに入っていない」ということを言われないように念のため共有しているケースもよくある(そういうことを言う人がいるのも事実である)。

しかし、それは組織が本来使うべき大事な時間を無駄にしている行動だと思う。社内政治は絶対に必要だと思っている人がいると思うが、あれは本当に社会のためなのだろうか。最終的に自分のためになっているとも思えない。

そもそも社内政治がうまいとかっていうのもよくわからない。経営者からしたら、必要な情報が収集できる仕組みがあって、必要に応じて共有され、必要な行動がとられていれば良いのである。

無駄な時間はすべて削りたいコストである。組織だから人の好き嫌いで何かが決められることもあるだろうけれども、組織にしがみついたり、依存しようとするから、社内政治的な話に重きを置いてしまうのである。

私が過去に受けていた1日あたり平均200通のメールの7割はなくても問題はなかったように思う。3割もコミュニケーションの一部であったり、続報であったりと本質的には必要でないものとして工夫できたはずである。その工夫は多くの場面でなされていない。