高い倫理観を持って、手本となるべき人(ロールモデル)として行動する

幼少の頃からリーダーのような役割を受けるような機会の多かった人。色々な理由があったと思う。技術的に優れていた。人望が厚かった。じゃんけんで負けた。欠席裁判で決められた。色々とあるだろう。しかし、高い倫理観を持っていたからというのが理由だったというのはそんなに多くないと思う。

しかし、大きな組織のトップは高い倫理観を持っているからということで選ばれる方がいる。

もちろんシニアマネジメントであるから、技術的なスキルには当然長けていると思われているわけだが、大きな組織を束ねていく、社会への説明責任を果たす、企業の使命を社会に発信するという役目を考えたとき、高い倫理観や透明性に対するセンシティビティが極めて重要になる。

給料というものをもらったり、なんらかの便宜を図ってもらったりすると、利害関係に心を支配されてしまうことがある。このような状況を恣意的に作り出すテクニックを取り上げた書籍も多くある。

過去に読んだスキル本で、「管理職として上手く部下を使うには絶対的な権力を握れ」という意味で、「生殺与奪」にフォーカスしたものがあったが、それは自分の倫理観に全く合わなかったので私には刺さらなかった。

何しろ使っている漢字が物騒なので全く賛同できない。

しかし、一度心に恐怖や苦手意識が刷り込まれてしまうと、権力(Authority)との軋轢を避けるようになる。その場をやり過ごすことで、自認したくはないだろうが、ことなかれ主義と同じ行動をとるようになる。

大きな組織になればなるほど、問題が見えにくくなることは組織の継続的な存在に対してリスクになるのだ。倫理の観点からおかしいと思っていても、提言できなくなる。

管理職は、オープンドアポリシーを掲げるだけではダメで、自ら倫理観を高め、お手本として行動し、自分から相手に興味を持って接して、心を開いてもらうことができるかである。

管理職らしさとかシニアマネジメントらしさというのを間違った意味で捉えて、人を顎で使ったり、仏頂面して、椅子に踏ん反り返っているのが権力者としての在り方だと思っている方に無理強いするつもりはないが、あなたの態度が雰囲気を悪くしていることを指摘してくれる(ちょっと変わった)人はいない。

このコンピテンシーの高い人に、トップマネジメントをお願いしたくなるのではないだろうか。