総頸動脈は上方で内頸動脈と外頸動脈に分かれ、外頸動脈からは直ちに上甲状腺動脈という分岐が出るという。そんな事まで決まっているのか、と内心驚いた。内頸動脈は頭蓋腔内に分布、すなわち脳へ血液を送るという。外頸動脈は主に頭蓋の外面、つまり頭皮などへ分布する、と書いてある。ところが、頸部では内頸動脈がやや外側に、外頸動脈が内側にと、逆に分布するらしい。それがどうしたと言いたかったが、この部位での位置関係は外科手術において重要である、と警告する。外頸動脈を結紮(けっさつ)すべき時に、内頸動脈と間違えてしまうと、脳へ行く動脈血が欠乏して、死に至る恐れが有るという。注意してないと間違えそうだな、と内心不安がよぎった。

自分が将来、他人の首をいじくる事など有るのだろうか、と疑問に思ったが、まだ何科に行くか全く未知な状態だから、外科や脳外に行く可能性もなくはなかった。

他の3人も頸部の解剖に関しては、皮膚や筋肉、脂肪の山との格闘に一旦場慣れして、くつろいでいた雰囲気から一転し、真剣である。というより、太い血管や重要な神経、筋肉の交錯する生命の根源に関する光景が、人を否応なく厳粛にさせるのだろう。

そのほか、しゃっくりに関係する横隔神経、交感神経幹などを確認して次の、胸部の深層に移る。