京都

あたりは静まりかえっていた。視線の先にあるのは見おぼえのない白い天井だった。

自分がいまどこにいて、どういう状況にあるのかすぐには思い出せなかった。心臓だけがどきどきと鳴っていて、それを静めるために胸に手をあて、自分の行動をひとつひとつたどりかえした。

そうだ。ぼくはまず、午前の新幹線で東京を発ち、京都に着いた。駅前のロータリーからタクシーに乗り、向かったのは蹴上(けあげ)のホテルだった。それが近道なのか、タクシーはわざわざ知恩院の下を抜けて青蓮院(しょうれんいん)前の細い坂を下ったが、白い暖簾を出す涼しげな小料理屋が坂の途中にひっそりとたたずむのが見えた。

タクシーはふたたび大通りに出たが、するとこんどは東の山並みを目指した。そうして、しばらく走って着いたのは高台に建つ巨大な建物の前だった。その広々としたフロントでチェックインを済ませ、客室係の女性に案内されて七階まで上がり、通されたのは建物の裏側を望む…つまり、この部屋だ。そして、ベッドで仰向けになるうちに眠ってしまい、夢を見たのだ。

その夢は――。

そして、今し方見た夢に戻ったとたん、悲しみが波紋となってぼくの胸に広がった。だれだったのだろう、あの人は…。ぼくは目を閉じ、自分が関わりを持つ、あるいは持った女性の面影を、アルバムをめくるようにまぶたの裏でめくってみた。そのだれでもなかった。だれともわからなかった。彼女はぼくに素顔を見せてはくれなかったのだから。だけど、彼女がだれかをぼくは知っている。どうしてぼくから去らなければならないのかもわかっている。なぜなら、こげ茶色のワンピースを着るその人は、典子以外ではありえないからだ。それをまとう典子のすがたが浮かび、でも、つぎの瞬間、それはまぶしい夏の光のなかに溶けていく。

ぼくは白い天井を見ていた。

夢だったらと思った。いま見た夢が夢だったように、自分が陥っているこの現実すべてが夢のなかでのことであったなら。そして、夢から覚めたら、すべてが以前(もと)に戻っているのであったなら。もし、そうなっていたら、ぼくはどれほどいまのこの苦しみから救われることだろう。どれほどありがたいことだろう。もういちど眠り、目を覚ましたら、ほんとうにそうなっていないだろうか。

はかないことだとわかっていながら、ぼくはふたたび目を閉じてみた。