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金戒光明寺

「黒い門がある正面のあの大きなお寺は?」

給仕に来たウエイトレスにそう尋ねたのは、朝のダイニングルームでのことである。

ウエイトレスはとても気さくで、

「あれですか? あれは黒谷さんです」

「くろだにさん?」

「そう、黒谷さん。京都の人はみんなそう呼んでいるんです。ほんとうは金戒光明寺という浄土宗の古いお寺なんですけど」

「こんかいこうみょうじ?」

「ええ、金戒光明寺......」

すると、ウエイトレスは「あっ、そうだ」と何か思いついたのか、少々お待ちくださいとテーブルを離れ、どこからか一枚のパンフレットを持って戻ってきた。

受け取った横長のパンフレットを開くと、このダイニングルームからのパノラマ写真になっていて、正面の寺には「金戒光明寺(黒谷)」とたしかに寺の名前が入っている。

「見晴らしのいい、とても静かなお寺なんです。私もときどき散歩するんですよ。お時間があるようでしたら出かけてみてください。それに、愛らしい塔が山の上にあるんです。右手の山の上にちょこんと見えるあれです。ぜひ、近くからご覧になってください」